343空、剣部隊司令官の源田実氏をご紹介します(その14)

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引き続き今回は剣部隊で希少な素直で優等生な良い子(失礼致しました!)達をご紹介します。

一人目は、鴛淵孝大尉です。
鴛淵孝大尉は長崎県の長崎市出身で、医者の家に生まれました。妹思いの性格で、軍人になってからもヴァイオリンのレコードや手紙を送っていたとあります。海軍兵学校に入り、練習航海後、大分海軍航空隊に着任し、横須賀や大分の海軍航空隊の教官を経て、第二五一海軍航空隊分隊長になり、ラバウルに進出し、ソロモン・東ニューギニアにおける航空戦に参加しました。そこから様々な隊の分隊長にて、占守島進出や北千島防空に従事し、台湾沖航空戦、フィリピンに進出など活躍しました。しかし、セブ島上空の空戦で負傷した鴛淵孝大尉は内地に帰還して療養してた時、源田実氏がすかさずスカウトに来ました。源田実氏は目をつけたパイロットを逃しません。他の隊にとられない内に源田実氏は鴛淵孝大尉を口説き、剣部隊の飛行長に抜擢しました。
 鴛淵孝大尉の部隊は「維新隊」と名乗り、隊長は自分の「紫電改」に敵をひきつけるためにストライプ模様を各自描いたそうです。一般にストライプの色は黄色と言われてますが、別の部隊の人からは鴛淵孝大尉のストライプは白だったと証言しています。ちなみに、隊の名前の由来は皇族から名前をつけられた「新選組」に習ってそれぞれ勇ましい名前がつけられました。

菅野直大尉が率いる戦闘301隊の「新選組」は皇族の久邇宮朝融王から名付けられたと話があります。久邇宮朝融王は海軍にて戦艦を渡り歩いていた皇族の軍人で、かつ女性問題で終始、昭和天皇が困った奴だなと言葉を残す程のプレイボーイだったそうです。

*この辺りの話は、当サイトのふぇいさんがブログにされた、森暢平先生の皇室ウォッチング連載で、詳しく読めます。

 話は戻り、鴛淵孝大尉は源田実氏から、鴛淵は性質温厚で、紅顔の好ましい青年であったが、こと戦闘となれば、その温厚さも吹き飛んでしまうような闘士であり、如何なる場合にも常に先頭に立ち、彼の指揮誘導にはほとんど文句のつけようがなく、部下からは「この隊長と共に死す」ということに誇りを感じているようで、343空の戦果の裏には彼の卓越した空中指揮に負うところが大きいと評しており、副長の中島正中佐からは、知将の鴛淵と呼ばれ、志賀淑雄大尉によれば「殺伐としたところがなく、品行方正だが、芯は強い。てきぱき仕事を進め訓練計画も理詰めでこなす。参謀になっても腕を振るっただろう」といわれる、すごく優等生なパイロットだったとあります。また、整備員の人からもら「整備士にうるさい人ではなく、小言もなく整備員を信頼して、よろしく頼むの一言だけであった。それがかえって頑張らずにはいられなかった」とあり、「学業・技量・人格ともに優れた青年士官の鑑のような人であった。穏やかで懐が深く、いつも笑顔で人をやわらげる雰囲気を持っていた」と隊全体で慕われる程でした。

2人目は林喜重大尉です。
林喜重大尉は神奈川県の鎌倉町浄明寺に生まれました。海軍兵学校69期に入校し、母親は林喜重大尉が軍に入ってからは毎日裏山のお宮に参拝して無事を祈っていたそうです。林喜重大尉は少尉候補生として練習艦隊の重巡「那智」、「摩耶」乗組経て、海軍少尉に任官し第37期飛行学生を拝命し、大分空付、戦闘機専修。海軍中尉になりました。
 1943年に251空着任し、隊の仲間からは「ウィットに富みユーモアのある明るい人でよくみんなを笑わせていた」と語られています。それからラバウル進出し、P-39を一機撃墜、林喜重大尉の初撃墜となりました。その後、253空分隊長着任し、厚木海軍航空隊着任し、また海軍大尉任官となります。361空所属の戦闘407飛行隊長兼分隊長に着任し、整備分隊長の天沼彦一氏からは、愉快に勤務でき非常に良い人と評されます。その後、361空は解隊、戦闘407は221空に転属し10月、フィリピン進出、そこから戦闘407は343空(剣部隊)に転属しました。林喜重大尉は剣部隊に入り、「紫電改」を愛機にして空を駆けます。林喜重大尉と鴛淵孝大尉は菅野直大尉に倣って敵をひきつけるストライプを愛機に描き、常に前で戦っていました。源田実氏は、林は大人しい鴛淵大尉とやんちゃな菅野大尉の中間の性格であったが、どちらかと言えば、無口で地味な方であり、部下を愛し、部下には肉親の如く敬愛され、親の語られるところによれば小さい時から体も小さく、頑丈な方ではなかったらしいが、芯は強く、一度目標を定めたが最後、梃子でも動かないところがあったと評しています。(ウィキペディア参照。)また、343空の3人の隊長(林、菅野、鴛淵)は兄弟のように仲が良く、林は菅野と我慢比べをしてB-29の空襲下で退避せずに談笑していたこともあったとあり、副長の中島正中佐から、知・仁・勇の仁将の林、と評されています。(ちなみに最後の勇は菅野直大尉です。)分隊士の本田稔氏からは林喜重大尉を温情タイプですばらしい隊長と慕っていたとあり、中には「むっつりしたところがあるが熱血漢で操縦技量も高い」と評されたとも。一方で、宮崎勇氏(戦闘301)によれば、林は物静かで闘志を内に秘めるタイプの人で、部下からは温厚隊長と信頼され、部下が死ぬと自室で一人泣きするやさしい兄か肉親のように慕われていたというエピソードがあります。まさに仁の漢という感じです。


3人目は武藤金義中尉です。
坂井三郎氏の親友であり、菅野直大尉の2番目の相棒と呼ばれる人です。彼は農家の生まれで、幼少時に親戚のお寺に預けられるも肌が合わず、中学に入るも、友人との金遣いが荒くなり、父に咎められ中退します。その後、父の意向で名古屋市内のメリヤス屋の住み込み店員となりましたが、ブラック企業のようにひどい扱いをするので母が辞めさせ、菓子製造職人の見習いに転職したりしました。しかし、小売りや卸売りがうまくいかず、どうしたものかと思案し、海軍入りを志望、無事呉海兵団に入団し、駆逐艦「浦波」に乗艦しました。第32期操縦練習生を拝命し、同課程卒業あと、大村航空隊での延長教育を受け、パイロットになりました。
 シナ事変(日中戦争)にて、武藤金義中尉は第十三航空隊に配属され、上海に進出し支那事変に参加し、南京上空で中華民国国軍の楽以琴が搭乗するI-16戦闘機1機と戦いました。楽以琴は当時、中華民国国軍のエースパイロットで、強敵でしたが、武藤金義中尉はこれを撃墜し、これが初戦果となりました。また、第十二航空隊に異動し、南京、南昌、漢口攻撃などで活躍を続け、武藤金義中尉はなんと、中華民国軍機を合計5機撃墜し支那事変における撃墜王となったとあります(ウィキペディア参照)。その後、内地に帰還し大分空、鈴鹿空、元山航空隊などで教員生活を送られます。そして大東亜戦争時、武藤金義中尉は前線へ復帰し、仲間に、「何があっても離れないのでご安心を」と言う言葉をかけ、仲間からは側にいるだけで心強かったといわれていました。また、宮崎勇氏は、武藤金義中尉を小柄ながらも明朗快活で誰からも親しまれる人と評し、「武藤さんはよく冗談を言っては周囲を笑わせた。それも自分がしんどければしんどいほど、つとめて明るく振るまい、みんなの士気を高めるようにした。そんなふうだったから、誰もが親しみをこめて金さんとか金ちゃんとか呼んでいた」と回想しています。また、ソロモン航空戦などに参加し激戦の中、結婚するも、多忙であったために、結婚写真は別々に取ったものを張り合わせたものであったそうです。奥さんの喜代子氏によれば一人娘ができた際はこれで子孫が絶えないととても喜んでいたという話があります。また、彼には「空の武蔵」と異名があり、それは、横空派遣部隊として八幡空襲部隊に参加し、硫黄島に進出したりしてたころ、厚木基地上空に飛来したグラマン編隊の内12機にオレンジ塗装の紫電改単機で挑み、敵を集団から一機ずつ誘い出して撃墜する様は宮本武蔵 (小説)の一乗寺下り松の決闘を思わせる戦いぶりであり、その時から海軍内で「空の宮本武蔵」の異名で知られるようになったそうです。
 そんな彼は数奇な運命で、杉田庄一少尉の後任として剣部隊に導かれ、坂井三郎氏が剣部隊に対してわだかまりが深まってしまいます。


今回はここまで、次回は源田実氏に戻り、剣部隊の話になります。
その15に続きます。ハンカチ必須です。

文責 神奈川県 神奈川のY

3 件のコメント

    あしたのジョージ

    2024年11月28日

    コメント欄にひらがなで、おしぶちたかしと書いてみたら鴛淵孝という漢字が出てきました。
    神奈川のYさん、教えて頂いてありがとうございました。🙇

    神奈川のY

    2024年11月27日

    あしたのジョージさま、コメントありがとうございます。最初の隊長の名前の読みはおしぶち たかし大尉です。
    皆、優等生で良い人(子)達でございます。

    あしたのジョージ

    2024年11月27日

    今回は源田実氏の343空の中の優等生ばかりみたいですが、漢字が苦手なので最初の人の名前がわかりませんでした。
    林喜重大尉と武藤金義中尉は読めましたが。
    3人ともみんなに慕われる優秀な人達だったと思いました。
    戦場で明るい雰囲気を出せる人は実に貴重だと思いました。
    ムードメーカーなところが3人にはあったと思います。
    人に笑われる事はたやすいと思いますが、人を笑わせる事はかなり難しい事だと思います。
    今回も面白かったです。
    次回も期待しています。

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