*今回のブログは、週刊少年ジャンプに連載中の「逃げ上手の若君(松井優征作)」に関連する題材です。ご本人言われていますように、史実にはない創作(文学作品でいうところの”こしらえ物”)の部分はありますが、登場人物のセリフなどにより、皇室と国民の関係性につながる物語、と読んでいただければ、幸いです(by基礎医)
逃げ上手の若君がテーマのブログも、今回で3回目となります。
*以前のブログ
https://aiko-sama.com/archives/30510
https://aiko-sama.com/archives/44400
今回は、公家でありながら優れた将才を発揮した南朝の貴公子・北畠顕家(きたばたけあきいえ)についてです。
若くして後醍醐帝(*後醍醐天皇のこと)から奥州の統治を任された顕家は、武田信玄の約200年前に風林火山の旗を用い、豊臣秀吉の中国大返し以上の速度で進軍して、足利尊氏との戦に勝利したと言われています。
逃げ上手の若君での顕家は人間力の表れである輝くオーラを身にまとった美しい男性で、神域と言われる弓術が必殺技です。貴族意識が強い顕家は配下の武士を東夷(あずまえびす)や獣(けだもの)などの蔑称で呼んで日常的に罵倒しますが、顕家は彼等から慕われ、両者は強固な絆で結ばれています。
その理由が示されているのが、顕家が北条時行の南朝の武将としての初陣となった利根川の戦いに勝利した後の以下のセリフです(マンガの登場人物と比べるのはおかしいかもしれないですが、もし生まれた時代が違うとすると顕家よりも高貴な身分だったであろう「血統が違う」あの男には、このような姿勢が欠けているのだろうなと…)。
「言葉を禁じても差別など無くならん」
「そもそも生物には差も別もあるのだから」
「あるがままで結構なのだ」
「敬意さえ通じ合えば」
「自分の敬意は行動で伝え」
「相手の敬意は心で読み取る」
「それさえ守ればどんな両者も一つにまとまる」
*余談ですが、顕家は武士に文化を伝える事も重視しています。伝えた文化が武士から庶民に広がることが、顕家の願いです。
本題に戻り、利根川の戦いの数か月前。
顕家は奥州の事情が考慮されていない後醍醐帝の「京へ上って尊氏を討て」と言う命(後に死期が近いことから来る焦りもあったと判明)に対し、出世して理想の世を作る為に従うことを決意します。
「余が変えてやる」
「地方の事は地方で決め」
「忠臣の働きを正しく評価し」
「才能が無駄に散る事の無い新しい世に!」
*以上、顕家のセリフより
そして利根川の戦いの後は、杉本城(杉本寺)の戦いで顕家の一君万民的な思想が明らかになり、青野原の戦いでは公家の文化への誇りが示されます(青野原の戦いの前にある事件が起きますが、その後の回想シーンで上記のセリフが出て来ます)。
しかし、その後は長期遠征の疲労もあり、苦戦を強いられます。
それでも高師直(*足利尊氏の側近.。先のブログ、44400を参照)との決戦となった石津の戦いでは激戦の末に勝利目前まで行きますが、思わぬ敵の襲来に遭い、志半ばで討ち死にしてしまいます(数えで21歳)。
既に書いたようにその志とは理想の国を作る事ですが、それだけでは無く、顕家には後醍醐帝への恋闕の情がありました。
「やり方さえ正しければ、後醍醐帝は仁徳帝(*仁徳天皇のこと)を超える名君になれる」
と信じていた顕家は、決戦の前に諫言を手紙(北畠顕家上奏文)にしたためて時行(*本作の主人公。先のブログ、30510を参照)に託します。
楠木正成と同じく、顕家も後醍醐帝の真の忠臣でした。
参考:物語る諏訪の〈記憶〉〜光〜
https://estar.jp/novels/25773681
北畠顕家編の最初のページ
https://estar.jp/novels/25773681/viewer?page=118
叶丸のページ
https://estar.jp/users/122624240
北畠顕家が討ち死にした時のつぶやき
https://estar.jp/comments/66793176
文責 愛知県 叶丸
4 件のコメント
基礎医学研究者
2024年12月26日
>叶丸さん
コメント、ありがとうございました。北条家については史実で尊皇示すような逸話がある人物を出しましたが、なるほど、この物語における主人公の心境はよくわかりました。最初、後醍醐天皇には良い印象をもっていなかったけど、徐々に尊皇心が芽生える、という感じなのですね。イメージできましたm(_ _)m
叶丸
2024年12月25日
基礎医さんへ。
編集ありがとうございます。
時行は皇室と言うより後醍醐天皇に対しては、あまり良い印象は持っていなかったと思います。
しかしその事について石津の戦いの前に顕家に問われて彼の後醍醐天皇への想いを打ち明けられ、戦の後に吉野で対面と対話した後には、その魅力に魅了されました。
それからは、名実共に尊皇の武士と言っても良いと思います。
自分は歴史に詳しい訳では無いので、北条氏が尊皇であるかは解らないですが、史実でも作中でも時行の叔父の泰家が後醍醐天皇を暗殺しようして失敗しています(ただ、彼は時行が南朝派になってからは共に戦おうとしていましたが)。
自分は逃げ上手の若君と言うマンガが気に入ってるのが強くて投稿しているので、南北朝時代についても特定のイメージは持っていないです。
歴史に詳しい人が投稿されたらまた違った視点になるのかなと思います。
最初に投稿で名前を出した楠木正成については、いずれ京都のSさん辺りが書かれそうな気がしますが…。
叶丸
2024年12月25日
掲載とコメントありがとうございます。
顕家は判明している事が少ない事もあって、作者の松井優征先生が好きに描かれたのかなと。
南北朝時代自体も同じのようなので、マンガ家としては創作の余地が大きくて楽しいのだと思います。
それから、最近以下でも紹介されている宗良親王が登場しました。
かなりの重要人物のようですが、今のところはとても戦に向くようには見えない穏やかで常識的な人物として描かれているように見えます。
https://aiko-sama.com/?s=%E5%AE%97%E8%89%AF%E8%A6%AA%E7%8E%8B&x=0&y=0
もう一つ、最新の第18巻によると、作品のテーマは「歴史上の人物は現代人と全く同じ人間」と言う事だそうです。
更に、「南朝時代の武士の子が現代で育てば普通に平和に育ち、現代人が南朝時代で育てば普通に殺し合いに身を投じる」とも書かれています。
この事からしても、若い国会議員が男系個室派になるのはおかしいと思います。
基礎医学研究者
2024年12月25日
(編集者からの割り込みコメント)おもしろく、読ませていただきました。史実の人物としてちょっと脇におき、少なくとも「逃げ上手の若君」では、尊皇の臣であることは、良く伝わってきました(主人公の北条時行はどうなんですかね?北条家は、一応、泰時、時宗などみていると、足利尊氏と異なり、皇室を軽んじる!ということは、なかったと自分は認識しているのですが)。