愛子さま御出席で今月10日に行われた「講書始の儀」について、翌日11日に当サイトでもお伝えしております。
この記事のコメント欄に、こんさんより、素敵な情報をいただいていました。
やはり、武田佐知子先生による、孝謙天皇の礼服に関する講義は、宮内庁の意思のようなものを感じました
私は、深読みしすぎなのでしょうか。とても素晴らしい内容だと思いました。
当時、性別関係なく同じ衣装であったことは女性天皇の存在を容認し、男性であっても女性であっても関係なく、天皇として同格であったことを示していた、という内容でしたので、この講義は我々国民からのメッセージを、陛下や愛子さまに代弁していただいたのではないか、と思います。
その講義を受けた皇室の皆様はどのような胸中なのか。とても気になります。
講義内容は後日宮内庁のHPに記載されるはずですので、注視したいと思います。
こんさんのコメントを読ませていただき、まことにその通りと実感、講義の内容が宮内庁のHPに掲載されるのを待っていたところ、YouTubeに動画がアップされましたので、文字起こししてみました。(正確な文章は、宮内庁HPに記載されてからお確かめ下さい。)
人文科学・社会科学・自然科学の分野における学問の権威者から説明をお聴きになる儀式「講書始の儀」。大阪大学・武田佐知子名誉教授の講義は、人文科学、人間社会と文化の側面について研究する学問分野です。
大阪大学・武田佐知子名誉教授「古代の衣服と社会・国家・国際関係」15:18~
さて、『魏志倭人伝』では3世紀、30数か国を統べる邪馬台国の女王・卑弥呼が魏に遣いを送り、皇帝から親魏倭王の金印と衣服を貰っています。後の時代に足利義満も豊臣秀吉も親魏倭王の衣服と冠を賜与されて秀吉のものは現存さえしています。
卑弥呼が魏から貰ったのは中国官僚の衣服で、しかも男性用だったのではないかと考えています。なぜなら中国は女性の王を認めておらず、女王の証拠は周辺諸民族の名前以外になかったからです。
従って女王、女性の王の衣服は中国には存在せず、おそらく男性用の中国官僚(の衣服?)を賜与された卑弥呼は当然、自らの権威の象徴として、それを着ても男女同形の衣服を着用する邪馬台国の人々は遺憾なくこれを受け入れたのではないかと思います。
奈良時代には中国の衣服制?に倣って天皇や皇太子の礼服が作られましたが、東大寺の大仏開眼会に臨席した聖武太上天皇、光明皇太后、そして娘の孝謙天皇の礼服は性別を超えて三方とも同じ白の礼服でした。そして天皇の冠である冕冠(べんかん)は一人、孝謙女帝の頭上にありました。古代に6人8代の女性の天皇が現れたのは、この男女同形の礼服の存在が大きいと私は思っています。
9世紀の初めの嵯峨天皇の時、男性天皇の礼服だけが中国と同じ形式に改められましたが、女帝の礼服の規定は旧態のままとし、天皇礼服は男女別形態となりました。以後、近現代に至る経緯については、残念ながら時間の関係で説明を割愛させていただきます。
衣服に性差がない我が国の衣服の文化は、男女の位置関係や行動様式、引いては男女の理想像、美意識までも規定した事実があります。男女の境界が曖昧な美意識は、アマテラスの男装、日本武尊の女装、神功皇后の男装等の神話伝承を生み出したのではないでしょうか?
平安時代において、例えば『源氏物語』などに登場する理想の男性像が、女性と重なる描写で表現され、『とりかえばや』や『有明の別れ』など、異性装の男女の入れ替わりを主体に、男子は位人臣を極め、女子は帝に嫁ぎ国母となるシリアスなサクセスストーリーが、西洋とは異なり日本で成立できた環境があったのだと思います。このことは現代日本で美意識に性差が少ないことまで引き継がれているのではないでしょうか。
「聖武太上天皇、光明皇太后、娘の孝謙天皇の礼服は性別を超えて三方とも同じ白の礼服でした。そして、天皇の冠である冕冠(べんかん)は一人、孝謙女帝の頭上にありました。古代に6人8代の女性の天皇が現れたのは、この男女同形の礼服の存在が大きいと私は思っています」
天皇皇后両陛下と愛子さまの御前で語られた言葉、非常に感動的です。
愛子さまの将来の御姿を、ありありと感じた方々が夥しくいることでしょう。
さらに、中国は女性の王を認めていないので、女王・卑弥呼は男性官僚の衣服を与えられたにも関わらず、日本の衣服は男女同形だったので、自らの権威の象徴として着用、人々も受け入れたこと、痛快ですね。
アマテラスの男装、日本武尊の女装、神功皇后の男装、一方通行ではなく、女性→男性、男性→女性と、縦横無尽、性差の少ない日本の美意識。
『源氏物語』には、何度も「(美しい男性を)女性にして見ていたい(女に見ばや)」という表現が何度も出てきます。そして、ジャニーズのアイドルの方々をはじめ、現代日本で美意識に性差が少ないことは、しっかりと引き継がれています。
女性天皇は人文科学、人間社会と文化の側面からみても、日本にとって必然なのです。
「愛子天皇への道」サイト運営メンバー まいこ
4 件のコメント
ダダ
2025年1月17日
文字起こしありがとうございました。
動画も見ました。
あの場所で女性の天皇という言葉が発せられて、胸アツです(*´ω`*)
こん
2025年1月17日
文字起こし、ありがとうございました。あらためて、古代の日本の情景がありありと脳裏をよぎり、日本人としてのアイデンティティはこうなんだよなぁ、と感じ入った次第です。男系男子に固執するってなんてちっぽけで恥ずかしいことなんだ、とも。
この講書始の儀のテーマ、一体だれが選定しているのでしょうか、ふと疑問に思いました。宮内庁が選定しているのかと思いましたが、チャットボットは
「天皇が講書始の儀のテーマを決定することが一般的です。天皇は新年の抱負や教育に関する重要なメッセージを伝えるために、テーマを選びます。また、内廷皇族や関係者との相談を経て決定されることもあります。」
と回答してきました。
事実はどうなんだろう、もし陛下が決めたということであれば、愛子さまの立太子は大御心として間違いない、という確信にかわるのですが。
ちょっと調べてみようと思います!
あー、興奮してきた!www
サトル
2025年1月17日
今回の、まいこさまのブログ、先日の木蘭さんのブログ、こんさんのコメント、今朝の「愛子さまトーク」。
全て私にとって「神的なもの」…と感じ入りました。
そしてこの(こんさんのコメントに触発された)ブログと木蘭さんのブログ…は、醍醐味…といっても過言では、ありませぬ。
佐々木
2025年1月17日
文字起こしありがとうございます。
木蘭さんと同じように、文字起こしを見ながら、
動画を見てみます。