〈記事紹介・感想〉第40弾 森暢平成城大教授の警鐘(これでいいのか「旧宮家養子案」)

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森暢平先生のこれでいいのか「旧宮家養子案」第40弾です(一週遅れてすみません)

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サンデー毎日:女性天皇推しだった『産経新聞』の変節  成城大教授・森暢平

 今ではほとんど忘れられているが、保守派を自任し、旧宮家養子案を推す『産経新聞』はかつて女性天皇を容認していた。女性天皇「推し」の立場を取っていたのである。その『産経』がなぜ、極端な男系派に変節したのだろうか。

産経新聞が女性天皇推し?

西からおひさまが昇りそうな話ですね。
本文を読んでまいります。

雅子さまのご懐妊が発表された頃小泉政権発足。
皇室典範の見直しという動きが出てきます。
当時の小泉総理も「個人的には女性の天皇陛下でもいいんじゃないか」と話されます。
産経新聞は

 こうした動きを主要各紙で最初に後押ししたのは『産経新聞』であった。5月11日の2面の社説(「主張」)欄に「女性天皇 前向きな論議を期待する」という論考を発表したのだ。

 社説は、女性天皇に道を開く皇室典範改正の動きが出ており、「女性天皇を認めることは皇位をつつがなく継承する意味でも重要」であると断言する。そのうえで、『産経』は、女性の継承を認めないルールが決められたのは明治時代であり、当時の国づくりが男性中心であった事実を反映すると、男子限定が近代のルールであると論じた。

「男子限定が近代のルール」
これを産経新聞が紙面で書いていたとは!

『産経』はさらに、古代の推古天皇、持統天皇など皇位の尊厳を高めた女性は多いとし、外国でもビクトリア英女王のように長年君臨し、国民の敬愛の的になった「名君」もいるのだから、「懸念は少ない」と論を進めた。

海外の例まであがってる!

その後自民党新憲法大綱の素案に女性天皇容認が書かれ、いわゆる「平成の有識者会議」で八木秀次などダンケーカルトが女性天皇に異を唱えても、産経新聞は男系固執の対応を取っていないことを森先生は書かれています。

 ところが、皇室典範有識者会議の結論が「女系天皇」を容認する方向が固まった10月になって、『産経』はようやく慎重意見に傾き始めた。10月7日の社説「皇室典範会議 結論を急ぎすぎてないか」で、「『女系天皇』を認めるのか『男系』を貫くのか、という問題で合意が得られているとは思えない。なぜそれほど結論を急ぐのか」「男系維持のための方策について、いくらでも検討の余地はある。それなのに『まず女性天皇ありき』で否定しているように思える」と主張を明確にシフトした。

意見が変わってきました。その理由として、森先生は

『産経』はかつて、政界の「常識」的な論調から大きくはずれないよう温厚な保守として、過激路線はとっていなかった。ところが、部数競争で他紙に大きく水をあけられ、同じ保守の『読売新聞』と差異化し、独自色を出すため、日本会議など保守系団体の主張と社論をシンクロさせるようになった。読者を極端な保守に絞る路線を採用したのである。

私の家庭では、かつて産経新聞を購読していました。高校生だった90年代に「産経新聞は、モノをいう新聞です」だったか書いていたように記憶しています。それが今では「お仲間にウケる機関誌」に成り下がってますね。
皇室にそんなに関心がなかった平成中期に、何かおかしいよな?とうちの家庭は産経新聞を購読するのをやめ地元の上毛新聞を購読するようになりました。その時期とほぼ重なるのは偶然出ないのではと今回の記事を拝読し感じたところです。

森先生は結びに

 2024(令和6)年11月1日の社説「皇位継承への干渉 政府は国連の暴挙許すな」で、『産経』は、「男系男子による継承は皇位の正統性に直結している。この継承原則が非皇族による皇位簒奪(さんだつ)を妨げてきた意義は大きい。(略)歴史や伝統が異なる他国と比べるのも論外である」と威勢のよい主張をする。しかし、歴史の異なる英国の例を挙げて男系女子による継承を容認した過去の主張とどう整合するのだろうか。(中略)『産経』記者は過去を都合よくお忘れになるのが得意なようだ。

と、事実を皮肉で締めています。

真実より部数確保。
皇位の安定継承より部数確保。
それもかなり少数のカルトに向けて。

それこそ真実なんてどうでもいい人にしか見向きされなくなりますよ
もうなってるか。

森先生の次回作をお待ちしております(と言ってももう出ているので読ませていただきます)

文責 愛子天皇への道サイト運営メンバー ふぇい

2 件のコメント

    パワーホール

    2025年2月3日

     産経も男系継承が明治以降であることや女性天皇がいたことを理解していたのですね。その事実をなかったことにするとは慰安婦をでっち上げた朝日新聞と大差ないですね。

    京都のS(サタンのSでも飼い慣らすし)

    2025年2月3日

     この社説は2005(平成17)年ですか。「有識者会議報告書」が小泉政権に提出された頃ですね。その前年には故西部邁が「女系女子にも皇位認めよ」という1節を含む正論( https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/01291/contents/207.htm )を著しています。
    ※「マージナル・マンとしての天皇(下)」( https://aiko-sama.com/archives/22465 )を参照してください。
     さらに『血滾る「三島由紀夫」憲法改正』と『三島由紀夫の日本改正論』が出たのが2003年と2005年です。共に松藤竹次郎編著で毎日ワンズから出版です。
    ※「三島由紀夫の女系公認論」( https://aiko-sama.com/archives/25322 )を参照してください。
     2000年代の頭は空気が全く違っていたようですね。

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