(前回からの続きです)
例えば、華族からの軍人で言うと、外国からバロン・西と呼ばれた、オリンピックの馬術の金メダリストの軍人西竹一大佐ですが、硫黄島の戦いで戦車隊率いて大群のアメリカ軍と対峙し、奮闘されるも惜しむらく戦死されました。
また、徳川熙少佐は、父が江戸幕府15代将軍・徳川慶喜の九男で、男爵家の子息で、性格はおおらかだったとあり、ソロモン諸島で潜水艦・呂101の水雷長務め、夜戦にてアメリカの駆逐艦テイラーにレーダー射撃を受け、被弾しつつも、徳川熙少佐は急速潜航を指示して同艦を無事にさせるも、艦内に収容されたさいに戦死された、というエピソードがあります。
続いて、皇族出身の軍人エピソードが印象的な伏見 博英少佐と、音羽正彦少佐がおられました。
御二人は皇族の伏見宮家と朝香宮家出身で、1人は皇族出身ながら荒っぽい宮様と言われた伏見 博英少佐、もう1人は穏やかな気質で公平な性格と言われた音羽正彦少佐です。
この時皇族出身の2人と同期に跳ねっ返り気質がある、ゼロ戦乗りにて、後の343空剣部隊の飛行長であった志賀淑雄氏のエピソードを交えて、以後、ご紹介いたします。
伏見宮博恭王の第四皇子の伏見 博英少佐ですが、この方、血気盛んで海軍兵学校では「待て!貴様っ!」とヘマした下級生に鉄拳制裁をしていたと話があり、他の生徒や先生をおっかなびっくりにしていたのが伺えます。ある日、同期である一見優男風の志賀淑雄少佐に、掃除の際の水汲みの順番抜かしに「殿下、いけません!」と直言されるも、博英少佐は「周りが”どうぞ”と言ってるではないか。」と、意を介さずに水汲みしようとします。すると、志賀淑雄少佐はツカツカと殿下のバケツを蹴飛ばし、博英少佐に圧をかけて”ズルっこ”を止めたとあります。博英少佐は”こいつめ!”と思ったのか、志賀淑雄少佐が、当時のガールフレンドの写真(私の天使!と書き入れてたとか。)をニコニコと見ていたのを先生に言いつけるなど、身分越えた”悪友”だった様子です。
また、志賀淑雄少佐の祖父(ウィキペディアでは父とありましたが。)が訃報のさいは、博英少佐がそれとなく口添えして故郷へ帰るようしてくれたエピソードがあります。そして、博英少佐は軍人として軍務に務めるも、惜しくもセレベス島南部ボネ湾上空で乗機が撃墜され戦死されました。
音羽正彦少佐は、朝香宮鳩彦王の第2王子として海軍少尉任官後、願として臣籍降下し、音羽侯爵を賜ったとあります。
大人しい性格のようですが、鋭くズバっと言葉を切り返し、芯の強さが伺えるエピソードがあり、海軍兵学校生徒時代では柔道、テニス、ラグビーを嗜み、文武両道されたとあり、宿営した広島県西条で、保存用の畳の上に寝てくれと地元民に頼まれた際には「ぼくは国民のデコレーションではないよ」と述べたという話があります。
また同期生の志賀淑雄氏曰く、「朝香宮は鷹揚なさばけた人で、親しみのもてる人柄」だったとあります(現代ビジネス【太平洋戦争秘史】意外に多かった皇族・華族の戦没者参照)。
日中戦争では陸戦隊で砲隊隊長で連戦の中、ヒゲ伸び放題、泥まみれになりながら平気で戦っていました。上海時代には同期の平塚清一氏に「戦闘というものは、決して格好いいものでもないし華やかなものでもないよ。泥まみれ、ずぶ濡れになり、兵隊とともに苦労するのが戦闘なんだ」と語りかけたとあります(ウィキペディア参照)。
また、近藤英次郎中将は次のように回想している文があり、それによると、「音羽侯は戦死した部下のことを話されるとき、一人一人の名前をよく覚えておられ、その部下が戦死するまでの戦闘経過をじつに細々とご記憶になっておられた。私は音羽侯のお話を聞きながら、その温かい心の豊かさに泣かされた。音羽侯を語れば、陸戦隊を語れるほど典型的な海軍軍人であった。」、とあります。
戦況悪化の中、第1線を望み、第6根拠地隊参謀の海軍大尉としてマーシャル方面の前線部隊に配属され戦います。この戦いは”クェゼリン島の戦い”と呼ばれ、マーシャル諸島のクェゼリン環礁でアメリカと対峙します。この時の日本軍は民間人が多く、戦闘指揮が難しい状況でしたが、音羽正彦少佐は5日間の死闘を演じた末、戦死されます。
国のために命を懸けて戦った皇族の振る舞いを観ると、昨今、旧皇族とうたいながら皇位継承問題を引っかきまわして、国のためにではなく、”私心”丸出しで生きる人を観ると、先代・先人に恥ずかしくないのか!?と思い、先人・先代のエピソードをご紹介しました。
この話、皆さまの御役に立てれば幸いです。
文責 神奈川県 神奈川のY
3 件のコメント
神奈川のY
2025年8月31日
あしたのジョージさま、基礎医さま、コメントありがとうございます。
・あしたのジョージさま、飲んでもらいたい半分、あやつに飲ませるのはなんか勿体ない気がします。(笑)
・基礎医さま、
皇族も華族も平民も一致団結していたと思うと日本は決して弱いわけではなかったように思いました。今いるなんか・・・な人みたいに口だけで命を懸けない甘ちゃんは
戦力外ですが。大事な時に命を懸けれるか否かで人が決まると思いました。
基礎医学研究者
2025年8月31日
(編集者からの割り込みコメント)今回も寄稿、ありがとうございました。これは、まさに、ノブレス・オブリージュ(高貴なものには、義務が伴う)を実践されていますね。戦前には華族制度が残っていましたが、こういう形で、国民の尊敬を勝ち取っていた人もいたのですね。特に、兵役については、アメリカ大統領選でもしばしば、実際に戦場でどのような活躍をしたのか?とか、実は兵役逃れをしていたなんてことが発覚すると、たちまち国民の支持を失う!というのも、同じような精神が活きているのでしょうね。
あしたのジョージ
2025年8月31日
竹田恒泰に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですね~