
2027年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」は小栗上野介忠順(演:松様桃李)が主人公です(※「C 19th season」を参照)。小栗上野介と言えば、日露戦争を戦った東郷平八郎に「勝てたのは(小栗の作った)横須賀造船所のお陰」と言わしめたことで有名です。開国後の幕府と関係の深い列強国は仏国でしたから、勘定奉行の小栗と仏国公使レオン・ロッシュとで造船所建設の交渉(1865)を進めていましたが、巨額ゆえ交渉が決裂しそうになるとロッシュは神経痛の湯治に熱海まで出かけ、かつ江戸の高名な漢方医・浅田宗伯の治療を所望した(1865)そうです。
浅田宗伯は小栗の妻・道子を治したことで絶大な信頼を得ていたため、ロッシュは浅田を通じて小栗との交渉を有利に運ぼうとしたわけです。また小栗は幕臣の中では勝麟太郎と並んで開明派に属し、応接間を洋風に変えるほど西洋カブレでしたが、「
さて、漢方医術と漢方医が明治政府によって撲滅されたことは「伝統と因習の間」で述べた通りです。明治政府は「漢方医学=異端・洋方医学=正当」との決め打ちで医制を制定(1874)し、また神田一橋門外に脚気病院を設立(1878)し、漢方医2名・洋方医2名で脚気の治療成績を競わせました。経験医学の漢方医術なら粳米(コウベイ)や小麦(ショウバク)といった玄穀(ビタミンB1を含む)を生薬として配合すれば脚気に効くと解るはずであり、従って漢方側が勝ったと考えられますが、漢方医・遠田澄庵の人格的な悪評に注目が集まったためか結果は黙殺されました。以上より医制に関わった内務官僚・長与専斎(内務卿は大久保利通)が漢方抹殺に関与したと思われます。
こうして個人医学(臨床全科医術=漢方)より社会医学(軍陣医学&衛生学=洋方)が優先され、かつ政府の欧米出羽守も加味されて伝統医学は抹殺されました。つまり漢方医術は大久保が政治力を高めるために滅ぼされたとも言えます。
私益のために結果を捻じ曲げる体質は現代の逆賊政治屋も何ら変わりません。現行の男系継承を維持すれば必ず皇統が絶えるという結果が既に判明していても、議席や持論に保守したい輩は決め打ちなのですから。
文責:京都のS
4 件のコメント
京都のS
2025年10月30日
この脚気病院での「漢洋脚気相撲」は、漢方医側が麦飯などによる食事療法を施して洋方医側に完勝したようです。
これは後に「海陸脚気相撲」へと展開しました。海軍軍医・高木兼寛が軍艦乗組員に脚気が多発する原因を栄養障害と考え、米麦混食に変えると脚気患者は激減しました。しかし陸軍では、軍医総監・森林太郎(鴎外)が米食に固執したため、日清・日露戦争では4人に1人が脚気を患い、「脚気は敵弾よりも恐るべし」と言われたそうです。
米食にしろ男系にしろ「固執」はいけませんね。
京都のS
2025年10月23日
申し訳ありませんm(_ _)m 「議席や持論に保守したい輩は決め打ち」は「議席や持論を保守したい輩は決め打ち」の間違いでした。
京都のS
2025年10月16日
この件は日清・日露で戦死より病死(脚気)の方が多かったことと密接に関わっています。脚気菌(そんなものは無い)を探すばかりの森林太郎(洋方の軍医:鴎外)だけでなく、漢方医の意見も容れる体制だったなら、死者の数はグッと抑えられたはずだからです。
京都のS
2025年10月13日
掲載ありがとうございました。漢方シリーズです。最後の節で「議席や持論に保守したい輩」は「議席や持論を保守したい輩」の間違いでした。失礼しました。
漢方シリーズには他に「エモーショナルな熱量をロジカルに伝えよう」( https://aiko-sama.com/archives/11529 )や「伝統と因習の間~漢方医術の帰趨から」( https://aiko-sama.com/archives/23975 )などがあります。