「Eテレ」でしか正しいコトが言えないNHKは引き続き監視対象

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 「木村多江の、いまさらですが…」(10/29:Eテレ)は「3人の女性天皇と『飛鳥・藤原の宮都』」でした。飛鳥時代の研究が進んだからアップデートしようとの趣旨です。

①推古天皇(額田部王):夫は敏達帝、叔父は蘇我馬子、甥は厩戸王(諡号は聖徳太子)です。敏達帝と用明帝(兄)が崩御すると額田部&蘇我馬子VS穴穂部&物部守屋が対立し、穴穂部暗殺・丁未の役・崇峻帝暗殺と進み、満を持して即位しました。仏教導入・冠位十二階(家柄→能力)・遣隋使派遣と改革を進め、崩御の前に次代(舒明)を指名しました。当時は豪族による合議制でしたが、先代の意思が反映されるのは画期的でした。ちなみに厩戸王は若過ぎたので権力は無く、仏教政策に注力しました。

②皇極/斉明天皇(宝王):夫の舒明が崩御すると即位し、旱魃時の祈雨勝負で蘇我蝦夷に圧勝しました。蘇我入鹿が山背大兄王(厩戸の子)の一族を滅ぼすと、息子の中大兄王(天智)が入鹿と蝦夷を暗殺(乙子の変)し、弟(孝徳)に譲位しました。孝徳が崩御すると再び即位(斉明帝)し、代替わり毎に移していた都を飛鳥京に固定し、百済を救うべく唐や新羅との戦(→白村江)に臨み、陣中で崩御しました。

③持統天皇(盧野讚良王):天智帝が崩御すると大海人王(弟:天武)VS大友王(子)で内戦(壬申の乱)となり、勝った天武も藤原京造営を果たせず崩御しました。盧野讚良は官僚制・法制・戸籍…で実績を積み、満を持して即位(持統帝)しました。藤原京造営を再開し、孫(文武)に譲位しても上皇として共同統治し、大宝律令を制定して崩御しました。遣唐使は持統が任命し、国号「日本」も「天皇」号も持統時代に定着しました。

 ゲストは義江明子氏で、「女性は政治に関わらないとは思い込み」「日本は性差が乏しい社会だったから女王は普通」「日本は双系的社会で地位や財産は男女が同等に継いだ」「推古が実績を上げたから女帝が続いた」「当時は継承順位が決まってなく、実力や年齢が尊重された」「当時は夫婦別居の通い婚だから母と子が親密で、女帝の方が次世代を後見できた」と学問的に最も新しく正しい持論を展開しました。

 「クローズアップ現代」は河西秀哉氏を出しながら肝腎なことを喋らせなかったので、その贖罪か?というほどの内容でした。しかし「総合」より劣位の「Eテレ」でしか正しいコトが言えないのは大問題です。停波大臣(高市早苗)や総務省のドン(麻生太郎)を怖がっていそうなNHKは引き続き監視対象です。    

文責:京都のS

2 件のコメント

    京都のS

    2026年11月1日

     扉画像(法隆寺)についても説明が必要です。
     これまで聖徳太子(厩戸王)の業績だとされてきたもの(冠位十二階・遣隋使…)の多くが実は推古女帝の業績であり、厩戸は法隆寺の建立などの仏教政策に注力していたことが明らかになってきました。だから「法隆寺」です。また、ネトウヨは「法隆寺がコンクリート製になったら価値が無くなるだろ?同様に皇統が女系になったら価値が無くなるだろ?」と言い続けてきたことにも引っかけてあります(笑)。

     ところで下のコメで述べた「Eテレ問題」については以下を見てください。
    ・「『知恵泉』不比等回で日和ったNHKを弾劾ス」( https://aiko-sama.com/archives/76328 )
    ・「『知恵泉』光明子回で全日本女性を侮辱したNHKを弾劾ス」( https://aiko-sama.com/archives/76604 )
    ・「『知恵泉』岩倉具視回で明治を礼賛しまくったNHKを弾劾ス」( https://aiko-sama.com/archives/77291 )

    京都のS(サタンのSでも飼い慣らすし)

    2026年11月1日

     ふぇい様、掲載ありがとうございました。まぁ「Eテレ」とて「知恵泉」という歴史番組に劣悪な回が何度も何度もあった(藤原不比等・光明皇后…)わけですが。

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