
大河「べらぼう」で蔦谷重三郎(横浜流星)は女郎が食えずに死んでいく吉原(公娼街)の現状を変えるべく動きます。幕府は岡場所(私娼窟)や宿場の飯盛り女(私娼)を取り締まらず、逆に田沼意次(渡辺謙)から「人を呼ぶ工夫が足りぬ」と言われたため、蔦重は鱗形屋(版元)から『一目千本・華すまひ』という吉原限定フリーペーパーを出して集客に成功しました。女郎屋や引手茶屋の楼主たち(忘八)から次の一手(カネは出さず)を求められた蔦重は、男色の多能才人・平賀源内(安田顕)と恋仲だった女形役者・二代目瀬川菊之丞(花柳寿楽)の身に着けた櫛や結った髷が大流行(菊之丞売れ)したことにヒントを得、呉服屋が売り出したい服を花魁に着せた錦絵の連作『雛形若菜・初模様』の出版を計画しました。即ち資金を呉服屋に出させた上「花魁売れ」も狙う企画でした。
ここで連想されるのは、皇族方の身に着けた品が売れまくる現象(佳子さま売れ・愛子さま売れetc.)です。令和6年8月10日、佳子様は福島県・猪苗代町で開催された「第13回日本アグーナリー(国際障がいスカウトキャンプ大会)」に参加され、翌11日には運転再開したJR只見線を視察されましたが、着用されたイヤリングに注目が集まりました。また5月のギリシャ訪問時に着用された水色のワンピースに注文が殺到しました。愛子様は令和6年10月に初の単独地方ご公務で佐賀を訪問されましたが、その際に着用されたブローチに注目が集まり、女性誌でミキモトの製品だと報じられると直ぐに在庫切れしました。ここで注目すべきは皇族方がお召しになった品々は庶民にも手の届く価格帯である点です。これこそ好不況に関わらない「景気の気」だと言えます。
さて、劇中では『華すまひ』を成功させた蔦重に警戒感を募らせた鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)が西村屋与八(西村まさ彦)や鶴屋喜右衛門(風間俊介)と図って蔦重の版元参入を阻みました。既得権者が新規参入を阻むような規制の緩和が業界の発展を促すことは大いにあり得、自由と経済成長を重視する田沼時代だったからこそ蔦重は出世できたと言えます。ただしグローバル化で外資を参入させる改革には「NO!」ですが。
また忘八は『雛形~』企画を奪われて不平を鳴らす蔦重に「吉原のためだ」の一言で諦めさせましたが、遊女を搾取して楼主が儲ける吉原は守るべき公か?という論点はココでは置きます。
文責:京都のS
5 件のコメント
京都のS
2025年2月2日
れいにゃん様、相変わらず素晴らしいコメントを有難うございます。「強くなければ生きられない、優しくなければ生きる資格が無い」(Rチャンドラー)からの流れでしたね。「べらぼう」劇中で弱き者(河岸女郎から大見世の花魁まで)を守るために奔走する蔦重は、忘八から弱者を守る強者となるために筆で戦う版元を目指すわけですね。
また、朱子学的規範に基く規制強化&緊縮財政を「純粋まっすぐ正義君」と見破ったのは流石ですね。清濁併せ呑む田沼意次は大人の魅力が全開です。世間人は不安を煽られると委縮し、キャンセルが流行すると自粛病が蔓延します。こうやって「景気の気」を削ぐことばかりやっていては一時的に発行部数が上がっても回り回って自分の首を絞めるとは気付かないのか、気付かない振りをしているだけなのか、日本マスコミには戦時中の好戦記事から全く成長の跡が見られません。
娘さんには是非、愛子さま売れ商品をプレゼントしてあげてください。「確かコレをくれたのは愛子様の立太子直前だったよね~」みたいな会話が出来ることを願っています。そうそう、京都に縁の出来るお子さんもおられましたね。
れいにゃん
2025年2月2日
第4回のラスト間近、蔦重の「忘八が!」の悪態には、初期ゴー宣のセリフ「弱者の為にもわしは強者でありたい」の精神を内包しているように感じました。
「○○売れ」の大前提は天下泰平、とは言え、町人文化を「世の乱れ」と捉える純粋まっすぐ君が着々と拗らせていく様もハラハラして観ています。
巨大地震警戒の啓蒙、やたらと流行る断捨離、しつこく続く「二週間後は地獄」の余波、と、不安を煽られることが多い現代です。ご公務で、実際に被害に遭われた被災者を慰めつつ、文化技術の発展も奨励し、同時に「佳子さま売れ」「愛子さま売れ」の景気をよぶ、皇族方はやはりご存在が公そのものなのだと、思い知らされます。
(娘が成人するお祝いに、何か愛子さま売れの商品を…と思える価格帯は本当に魅力です。)
京都のS
2025年2月2日
ジョージ様、コメありがとうございます。
鱗形屋孫兵衛(片岡)と西村与八(西村)の陰謀に鶴屋喜右衛門(風間)が説明役として加担し、さらに忘八(仁義礼智信忠孝悌の八徳目を全て忘れた輩・女郎屋や引手茶屋の楼主を指す)は風向きに敏感と来ています。そこで忘八から「吉原のためだ」という大義(公)を持ち出されたら蔦重は諦めざるを得ません。蔦重が立ったのは河岸女郎のためであって某八の儲けを守るためではありませんが、版元となって力を付けるまでは引かざるを得ません。
「皇族売れ」の源流としての「役者売れ」「花魁売れ」については、戦の無い太平の世(江戸期)が庶民の安心感となり、大規模火災でも無い限り好きな消費が出来る時代になったことが理由として大きいかと思われます。
あしたのジョージ
2025年2月2日
この間のべらぼうを見ましたが、さぞかし蔦屋重三郎は、悔しかったと思いました。
自分があちこちはいずり回ってやっと出来た錦絵だったのに、版元になれなくて実に悔しい思いをしたと思います。
皇室の方達が身に着けた衣装などが、国民に人気になって売り切れるような現象は、この頃からの流れなんでしょうかかね。
だとしたら蔦屋重三郎の仕事は、凄い影響力だと思います。
京都のS
2025年2月2日
掲載ありがとうございました。「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」の要素を含むブログは以下です。
・「『べらぼう』が始まった今だから言っておきたい平賀源内異聞」( https://aiko-sama.com/archives/48334 )
・「『光る君へ』と『べらぼう』を繋ぐレイラインと愛子天皇への道」( https://aiko-sama.com/archives/49128 )
・「『血のスペア』という非人道的システム」( https://aiko-sama.com/archives/49347 )
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 2nd season」( https://aiko-sama.com/archives/37751 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する! 15th season」( https://aiko-sama.com/archives/48744 )