博愛と競合の間(転)~日本的人間観の病理

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 岸田秀氏によると日本文化の規範は特定の人間観が前提となっており、その「日本的人間観」は言語化も意識もされていないのに全日本人が固く信じているそうです。しかも世界的には非常に特徴的であるにも拘らず、それを日本人は普遍的で世界共通だと思っているようです。その人間観とは次のようなものです。人間は本来、大人しくて善良で互いに助け合ってしか生きられない弱い存在であり、悪を為すのは可哀想な事情がある人だから悔い改めたら許すべきという人間観、つまり性善説です。もし根っからの悪人(≒サイコパス)が居たら、それは人非人や犬畜生の類だから人の住む世間から排除すべきとされます。ゆえに日本の世間では「村八分」の悪習は骨絡みであり、「人非人」と認定された対象への差別やイジメは永続します。また逆に、他人より秀でた人物は世間の人々から嫉妬され、これも「和」を乱す存在として排除されます。これには著名人の不倫叩きなどが該当し、松本人志もネタを粗探しされ「人非人」認定されて排除されました。

 ところで安部謹也氏の『「世間」とは何か』によれば、世間の掟は「長幼の序」と「冠婚葬祭における互酬」だとされます。特に「互酬」に「日本的人間観」との共通点が伺えます。自分が祝ったり弔ったりしたのと同じだけの反応を相手に期待するのは、災害列島で助け合ってきた日本人には必然の慣習だと思われ、ゆえに源流を同じくする和・同調圧力・空気・嫉妬・差別…も日本的世間の特徴だと言えます。

 こうした日本人の嫉妬や差別心による「人非人叩き」は米国発のキャンセルカルチャーと相性が良く、BBC報道を発端として一方的に自称被害者の肩を持つマスコミ大衆がジャニー喜多川氏(故人)をキャンセルし、続いてジャニーズ事務所や所属タレントも、まるで「人非人ウイルス」や「穢れ」の感染者かのようにキャンセルしました。一連のジャニーズキャンセルは「人権という外来思想」に基づいており、これはグローバリズム(外圧)と日本的世間の空気(内圧)との一致による現象でした。この風潮を放置すれば、人権の名の下に(実は嫉妬を動機として)皇室もキャンセルされる日が来るでしょう。

 さて、上記のように日本人は「日本的人間観」が世界共通だと思っており、それゆえ人間関係で大切な「和」を重視する余り国際関係でも誠意を示して謝れば許されると信じているため、謝罪外交と自虐史観は日本国の標準装備です。つまり「譲歩」が「日本的博愛」だと言えます。 
(結へ続く)    

文責:京都のS

2 件のコメント

    京都のS

    2024年2月20日

     Y様、シリーズを通しての初コメント、ありがとうございました。
     世界共通&普遍であるはず(実は日本特有)の「人間らしさ」から逸脱したら排除して当然と考える残酷な民族が日本人です。この日本的人間観が戦勝国様への権威主義や被害を訴える東アジア諸国民への同情心と結びついた場合、自虐(日本人は人間として間違っている)したり同胞や先祖を責めつつ自己を免責(その日本人を責める自分だけは正しい)したりという現象に至ります。
     何だかもうどうしようもない民族ですが、日本的博愛(譲歩)から世界共通の博愛(=同胞愛:ナショナリズム)へ脱皮させるにはどうすれば良いのかを模索する(結)をお待ちくださいませ。アップは本日11:30の予定とのことです。

    神奈川のY

    2024年2月19日

    色々考えさせられます。性善説だけ、性悪説だけ、とはいかない中でバランスとるのが一番難しいと感じています。

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