0.01%の風習が99.9%のエートスを破壊する

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 「歴史探偵」(10/29)のテーマは旧石器時代でした。日本列島では約4万年前から1万6000年前までが旧石器時代です。冠遺跡(広島県廿日市市)では鋸歯状尖頭器(4万2300年前)が出土し、それは旧満州や華北で出土した5万年前の石器と酷似していました。一方、当地では大型の石刃(3万8000年前)も出土し、これに似たものが中央アジアやモンゴルで出土していることから、ヒマラヤ山脈の北から東アジアや日本列島に来たと見られます。一般にアフリカ東部で誕生した人類はヒマラヤ山脈の南から東アジアに入ったとされるため、冠遺跡(石器の材料となる安山岩が多い)では2系統(南北ルート)の人類が出会ったと考えられます。

 さて、当サイトでは縄文時代を多角的に論じてきました。「双系システム~」では上田篤氏の考察に依拠して縄文人を5種(原縄文人・コシ族・ヒナ族・アマ族・天孫族)に分類しましたが、旧石器時代と縄文時代(新石器時代)との間に分断が無いなら旧石器人≒原縄文人(北シベリア型)でしょう。「縄文文明」と呼べる程に文化レベルが向上するのは約5000年前から(※「縄文文明~」参照)ですが、この頃にはコシ族(ポリネシア型:北陸に定着)が多数派となっており、母音の聞き分けが重要なポリネシア語を原形として日本語が形成され、別系統の縄文人も日本語を話すうちに包摂されたと考えられます(※「ゲストメンバー~」「日本語日本文学科~」参照)。やがてアマ族(華南型:米作を伝えた)や天孫族(南シベリア型:支配者?)が到来しても、彼らは日本語(察し・思い遣り↑)の呪術的な力によって日本的世間に包摂され、コシ族やヒナ族(トルコ・モンゴル型:東日本に定着)の慣習(母系血族社会・女性尊重)にも染まったのでしょう(※「イースター島民~」「カザフ騎馬遊牧民~」参照)。

 4万年前の旧石器人まで男女平等とは言いませんが、約1万年前の新石器人は男女平等に近付いていた可能性があり、移民も大らかに迎え入れつつ世間の環に組み込んでいたと思われます。であれば、いつまでも儒教思想(約400年前の朱子学導入~)や明治典範&明治民法(約130年前~)に拘束され続けることは縄文人を無視するという歴史の冒涜です。旧石器人と縄文人・弥生人は一続きですから、0.01%の風習(男尊女卑)が99.9%のエートス(女性尊重)を破壊したことになります。

文責:京都のS

1 件のコメント

    京都のS

    2026年11月6日

     ふぇい様、掲載ありがとうございました。旧石器人に関する研究成果の番組から、これまで当サイトで書いてきた「縄文論」の総集編みたいな感じになりました。やはり日本列島は数万年前から男女平等かもしれません。

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