
「後奈良天皇宸翰般若心経」を御存じでしょうか。応仁の乱から続く諸国の戦乱や水害・飢饉・疫病が民を苦しめる中、後奈良帝(在位 1526~57)は国家の平安を祈って般若心経を書写し、全国66ヶ所の寺社に奉納しました。その死後は嫡子である方仁親王が即位(正親町帝:在位 1557~86)し、写経も続けられました。こうして民と共に在る天皇のエートスは連綿と受け継がれていくわけです。
さて、当時は武士の棟梁たる足利将軍も細川や三好によって都を追われ、
また、田中城と言えば織田軍による朝倉征伐(1570)時に信長が逗留した城ですが、この戦は有名な「金ヶ崎の退き口」(浅井長政の裏切りのために撤退戦を強いられた)に繋がり、この時の殿(最後尾)は明智光秀・池田勝正・木下藤吉郎でしたが、歴史は勝者が書き換えるため、今では秀吉一人の手柄だと思われています。また織田軍が朽木領(朽木元網は浅井配下)を無事に抜けられたのは、田中城に居た頃の光秀との良好な関係によるかもしれません。
以後も織田VS朝倉・浅井の対立は続きましたが、比叡山延暦寺が全面的に朝倉を援助したために敢行されたのが比叡山焼討(1571)です。『信長公記』によれば僧俗・老若男女を問わない皆殺しとされますが、近年の調査では根本中堂他が焼けた程度で、周辺への事前通告も為されていたために俗人は里坊へ逃れられたと思われます。こうした実務に当たったのが光秀だと思われ、この対叡山政策によって光秀は志賀郡の領有と坂本城の築城を許されました。従って「比叡山焼討」は「暴君討伐説」における「信長の暴君ぶり」を表す出来事ではないと筆者は考えます。
最後に、当時の天台座主(延暦寺の頂点)は覚恕法親王(正親町帝の弟:庶子)でしたが、彼が朝倉に味方した動機は上洛した信長に既得権益を奪われたことでした。後奈良帝のエートスに触れることなく育てば、幾ら血筋が良くても俗物になるという当然すぎる事実です。
そんなことは竹田恒泰氏の惨状を見れば明々白々です。
文責:京都のS
3 件のコメント
京都のS
2026年3月29日
足利義輝が4度目に逃れた朽木谷と田中城は近接しており、従って義輝も田中城に入った時期は有ったはずであり、そうであれば明智光秀が斉藤道三に仕えていた頃だったとしても、「高嶋田中籠城」の記述を信じるなら、顔を合わせたはずです。
ちなみに光秀の娘婿である津田信澄(織田信長の甥)の居城・大溝城も田中城とは近接しています。つまり、琵琶湖西岸(坂本城~田中城・大溝城)は丹波(亀山城・福知山城・周山城)と並ぶ光秀の拠点でした。
これだけ京の周辺を光秀に任せながら、自身は全く無防備にも本能寺に逗留していたわけですから、信長は光秀を信じ切っていたことが判ります。やはり筆者は「本能寺の変・原因説」では「暴君討伐説」(民と帝のために暴君を退治)か「対外防衛説」(日VS明朝で西葡の侵略を招く禍根を絶つ)を唱えます。
京都のS
2026年3月29日
熊本藩の藩祖が細川忠利である件ですが、細川忠興(妻は明智光秀の三女・珠)の嫡男だった忠隆が廃嫡された( https://aiko-sama.com/archives/69318 )後、三男の忠利が細川家の家督を継ぎ、加藤清正の改易後に空いた熊本の地に入ったのが細川家だったってわけです。
また『針薬方』の伝承から「明智光秀=医師」説(※越前浪人時代に医業を営んでいた説)がありますが、そういう説も視野に入れた設定が「麒麟がくる」における望月東庵(漢方医:堺正章)や駒(万病に効く丸薬を開発した東庵の弟子:門脇麦)、菊丸(漢方薬に詳しい忍者:岡村隆史)というオリジナルキャラたちの活躍だったのでしょう。
京都のS
2026年3月29日
ふぇい様、掲載ありがとうございます。織豊期シリーズ(反時代的な光秀偏愛シリーズ)です(笑)。他は以下です。
・「ダンケーさん、寝返るなら今だと思いますよー(棒)」( https://aiko-sama.com/archives/53559 )・・・楠木正成論から明智光秀論に展開
・「豊臣家の諸問題から我々が学ぶべきこととは?」( https://aiko-sama.com/archives/65615 )・・・豊臣秀吉の周辺から皇室問題を考える
・「ダンケーさん、寝返るなら今だと思いますよー(棒) season2」( https://aiko-sama.com/archives/65949 )・・・筒井順慶からも皇室問題を考える
・「世が世なら討伐されて当然の御仁なれど…」( https://aiko-sama.com/archives/66567 )・・・津田信澄からも皇室問題を考える
・「生き方が熱かった頃の遺制は温(ヌル)い属国民には許されない!」( https://aiko-sama.com/archives/67774 )・・・細川忠興とガラシャからも考える
・「日本国と皇族方を追い込む卑劣漢どもを絶対に許すな!」( https://aiko-sama.com/archives/68767 )・・・荒木村重からも考える
・「高市早苗には100ヶ条ほどの折檻状が必要」( https://aiko-sama.com/archives/68981 )・・・佐久間信盛と荒木村重から考える
・「天正の宗教戦争と令和の皇統問題」( https://aiko-sama.com/archives/68987 )・・・知られざる上京焼き討ち事件から暴君討伐説へ
・「菊も刀も危うくする高市早苗は討伐対象では?」( https://aiko-sama.com/archives/68995 )・・・「本能寺の変」原因に新説「対外防衛説」!
・「大輪の花を蕾の段階で摘みたがる輩を討伐すべし!」( https://aiko-sama.com/archives/69318 )・・・明智光秀と妻木熙子の夫婦愛と珠の覚悟