
「どうする家康」「豊臣兄弟!」を経ても「麒麟がくる」を懐かしむ筆者が、もう少しだけ明智十兵衛光秀を語ります。宣教師Lフロイスは、明智光秀の人格を「裏切りや密会を好む」「残酷」「悪魔と友達」などと散々に罵り(親キリスト教の信長を殺したことが動機)ながら、光秀の子らに対しては「欧州の王侯貴族のような優美さ」と絶賛しました。内面の評価はフロイスの主観(感想)ですが、ルックスは客観だからでしょう。珠(細川忠興に嫁いだ光秀の三女:洗礼名はガラシャ)は絶世の美女だったとされ、従って他の子らも「推して知るべし」です。
さて、側室を持つのが当然だった戦国期にあっても光秀は一夫一婦を貫いたとされます。美濃の国衆・妻木弘忠は、娘の熙子に天然痘罹患後の痘痕が残ったため明智光秀に嫁がせるのを躊躇ったそうですが、光秀は「容貌は変わるものだが、心の美しさは不変」「義父上、私は熙子殿を妻にと決めております」と申し出て娶ったそうです。2人は三男四女に恵まれましたが、女児が4人続いた後に十五郎光慶・十次郎光泰・乙寿丸が産まれたようです。上記のエピソードから、まず筆者は今上陛下の雅子様へのプロポーズや記者会見での「人格否定発言」を連想しました。次に医学が進んでも男女の産み分けは不可能だから女児しか産まれない事態に(女系継承を公認する皇室典範改正で)備えるべきだとも強く感じました。
ところで、実は明智珠(と細川忠興)の血統は愛子様まで続いています。関ケ原合戦を前に珠は大坂細川屋敷で間接的な自決を敢行しました(※「生き方が熱かった~」参照)が、忠興の嫡男・忠隆が自分の妻(千世)だけ逃がしたことに忠興が激怒して忠隆は廃嫡されました。その忠隆&千世の6世孫が仁孝帝の后(正親町雅子)であり、孝明帝から今上陛下や愛子様に続いています。
最後に光秀と珠の辞世を紹介します。
「心しらぬ・人は何とも・言はば言へ・身をも惜まじ・名をも惜まじ」(光秀)からは、後世の人から逆賊と罵られようとも堕ちた暴君を討伐するという覚悟が伺えます。
「散りぬべき・時知りてこそ・世の中の・花も花なれ・人も人なれ」(珠)からは、死に時を見定めたら花のように散ろうという覚悟が伺えます。
以上から言いたいことは一つです。
これから美しい大輪の花を咲かせる愛子様を蕾の段階で摘んでしまおうと企む逆賊どもは討伐対象だ
ということです。
文責:京都のS
2 件のコメント
京都のS
2026年3月29日
2027年の大河は「逆賊の幕臣」(江戸末期の幕臣・小栗上野介忠順が主人公)ですが、「麒麟がくる」も室町末期の幕臣・明智十兵衛光秀の活躍を描く「逆賊の幕臣」だったと言えます。ただ、両者とも帝に反逆した賊ではなく、帝を政治利用した権力者どもに反逆しただけである点に注目すべきです。
京都のS
2026年3月27日
ふぇい様、掲載ありがとうございます。織豊期シリーズ(反時代的な光秀偏愛シリーズ)です(笑)。他は以下です。
・「ダンケーさん、寝返るなら今だと思いますよー(棒)」( https://aiko-sama.com/archives/53559 )・・・楠木正成論から明智光秀論に展開
・「豊臣家の諸問題から我々が学ぶべきこととは?」( https://aiko-sama.com/archives/65615 )・・・豊臣秀吉の周辺から皇室問題を考える
・「ダンケーさん、寝返るなら今だと思いますよー(棒) season2」( https://aiko-sama.com/archives/65949 )・・・筒井順慶からも皇室問題を考える
・「世が世なら討伐されて当然の御仁なれど…」( https://aiko-sama.com/archives/66567 )・・・津田信澄からも皇室問題を考える
・「生き方が熱かった頃の遺制は温(ヌル)い属国民には許されない!」( https://aiko-sama.com/archives/67774 )・・・細川忠興とガラシャからも考える
・「日本国と皇族方を追い込む卑劣漢どもを絶対に許すな!」( https://aiko-sama.com/archives/68767 )・・・荒木村重からも考える
・「高市早苗には100ヶ条ほどの折檻状が必要」( https://aiko-sama.com/archives/68981 )・・・佐久間信盛と荒木村重から考える
・「天正の宗教戦争と令和の皇統問題」( https://aiko-sama.com/archives/68987 )・・・知られざる上京焼き討ち事件から暴君討伐説へ
・「菊も刀も危うくする高市早苗は討伐対象では?」( https://aiko-sama.com/archives/68995 )・・・「本能寺の変」原因に新説「対外防衛説」!