本物の野蛮人

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逃げ上手の若君のブログは前回で終わるつもりでしたが、思うところがあったので、北畠顕家(敬意と恋闕の貴公子参照)についてもう一度書きます。

顕家によると、配下の奥州武士達は「幸い皇室への敬意はあったが、教養どころか文字も読めず、方言が酷く意思疎通すらままならない」状態だったと言います。そのようなイメージ通り、彼等は見るからに野蛮(だが屈強)な見た目で描かれており、顕家が新今近の話を振っても通じずにチ✕コキン(作中の表記のまま)と勘違いする有り様でした。

そんなある日、奥州武士達を集めた場で顕家は忠臣に尋ねます。

顕家「結城伊達どうやれば奴等は従う?」
結城(小さな事で騒ぐ愚参照)「礼儀正しい方や博識な方には⋯奥州武  士は尊敬を抱きません」
「奴等はただ強い者にのみ従います」
「指示も強く下品な恫喝で」
顕家「そうか⋯」

そして、顕家は必殺の弓術で奥州武士達の背後にある木を倒します。

顕家「ひれ伏せ」
「粗末なチ✕コぶち抜くぞ!」
「ゴミ共!!!」
※御(おん)は下品な言葉を相殺(?)する為。
結城(なんと⋯)
(公家の中でも最上級の御曹司が辺境(われら)の流儀に即座に合わせて下さった)

顕家が奥州武士達に敬意を示した事により、その後、両者は絆を深めて行きます。とは言え、相手に皇室への敬意が無ければ、そうなる事は無かったでしょう。

それに対して、現代の男系固執派はどうでしょうか。

皇室の方々への敬意が皆無で、異常なまでに男の血に固執する恋血カルトこそが、本物の野蛮人です。愛子天皇実現の為には国民の声と言う名の恋血派国会議員への恫喝が必要なのだと思います。

文責 愛知県 叶丸

以前のブログ
 男系固執派vs双系派、王道を歩んでいるのはどっち?
https://aiko-sama.com/archives/30510
高師直と男系固執派
https://aiko-sama.com/archives/44400
敬意と恋闕の貴公子
https://aiko-sama.com/archives/47623
婆娑羅の狼藉
https://aiko-sama.com/archives/50687
?だが鋭く真理を突く漢
https://aiko-sama.com/archives/55247
小さな事で騒ぐ愚
https://aiko-sama.com/archives/55446
歴代天皇の綸旨
https://aiko-sama.com/archives/58079
島田三郎の丸パクリに過ぎない男系派
https://aiko-sama.com/archives/61198
皇室を守る為の方策
https://aiko-sama.com/archives/62933
悪神を滅する破魔矢
https://aiko-sama.com/archives/67770

5 件のコメント

    叶丸

    2026年5月18日

    それから、恋血が受けたのは本当に嬉しかったです。

    叶丸

    2026年5月18日

    コメントありがとうございました。

    京都のS

    2026年5月18日

     叶丸様、お久しぶりです。「恋闕」ならぬ「恋血」に笑いました。

    SSKA

    2026年5月18日

    武士と天皇と言うテーマは現在まで続く日本人全体にとっての天皇像に大変影響があったと考えられるので、特にその関係が拗れながら時代も混迷を極めてしまい、一つに纏めようとしているのに却って逆方向に収拾が付かなくなる鎌倉幕府滅亡から室町幕府が興って続いて行く南北朝の争いの論考を興味深く拝読しています。

    時代を大きく逸れますが、度々話題になる明治典範は幕末の武士達がその地位を失い新たな立場になってから決められたものですから、武士の時代の終焉を頭では認めざるを得ない状況下で心中で受け入れられない本音が吐露されたのが女帝の賛否をめぐる議論であり、意固地に男系規定が強く押された背景だったと解釈しています。

    武士の歴史もご存じの通り大変長いものなので、現在の皇統議論も過去の時代で異なる天皇と武士との関係や紆余曲折の積み重ねを踏まえる事でまた新たな視点が見つからないかと模索している最中ですので連載から勉強させていただいています。
    本論考で書かれている様な武士が文字通りの戦さや謀しか知らない野蛮人、荒くれ集団である本質は教養の素地として朱子学が広まった幕末まで基本変わりませんが、南北朝の頃に北畠の様な教養人と無教養の荒くれ者とが通い合った背景と、後の近代化で武士が解体しながらも下々に至るまで統合する国家を創出したのは同等に近いですし、現代の我々と無関係ではないのも書かれている通りだと思います。
    南北朝だと互いに慕っていたはずなのに途切れて争う形となった足利尊氏と後醍醐天皇の関係を見ても一筋縄では行かない複雑なものが男同士の忠義でも生じていて、その後の歴史の臣下を振り返って見ても天皇との関係は大概心理的なものが挟まれて厄介なのは変わらない気がしますし、男系派の拗らせ方も古い例に倣った面倒臭さは共通していると思います。

    叶丸

    2026年5月17日

    掲載ありがとうございます。
    松井優征先生に神功皇后論を寄贈しました。
    以下は、ギフトメッセージの顕家に代弁してもらった部分です。

    「愛子天皇実現には汝の力も必要だ」
    「逆賊共を御ぶちのめして皇室を御守りする為に小林とジャンプで対談せよ!」

    古代と南北朝時代と言う違いはあるとは言え、同じ歴史マンガと言う共通点や呪術と神力の類似点があるので、小林よしのり先生と松井優征先生は話が合うと思います。

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