
映画「八犬伝」をご覧になった方はおられるでしょうか。
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本作は曲亭馬琴(役所広司)と葛飾北斎(内野聖陽)とが語らうリアルパートの間に『南総里見八犬伝』が劇中劇として挟まる構成でした。馬琴が北斎に連れられて4代目鶴屋南北(立川談春)と会い、2人が文学論争を繰り広げるシーンは非常に熱い展開でした。『八犬伝』にて勧善懲悪の復讐劇を描いてきた馬琴としては、赤穂義士による吉良上野介への復讐劇としての「忠臣蔵」と、お岩の伊兵衛への復讐劇とも言うべき「四谷怪談」とを交錯させ、建前の大義(公)を私的な遺恨で上書きするような南北の作劇が絶対に許せず、それゆえ大激論となったわけです。
つまり劇中の鶴屋南北は、文化文政の爛熟期(江戸の町人文化を最も花開かせた空前の好景気)に民が「義」より「利」を求めたことを象徴する人物だと思われ、これは現在の政治状況(自民と国民民主が経済政策を軸に手を結び、両者の男尊女卑感情と男系主義で以て皇室を圧殺せんとしている)とも大いに通じています。
さて、暗山満氏と「SPA!」編集部は、10/29号の記事の見出しに「女系天皇容認派の皆さんにこそ聞きたい…野田佳彦の経済政策でいいのか?」と大書しましたが、これは「自民+国民民主がケインズ政策を採用した場合(財務官僚のレクチャーを受けたら100%転向するはず)、立憲民主が「愛子天皇」を前面に掲げたとて政局的には我々の方が有利だ」程度の全く無価値な言辞です。筆者が「右も左も真面目に考えろよ!!」で述べたように、男系主義の現行典範をホシュして皇室が滅びた場合には日本国と日本人民が確実に消滅するのですから、経済政策云々は二の次か三の次なのですが、保守ならぬホシュには価値の順列など解りますまい。つまりケインジアン双系派として私が言いたいのは、暗山らケインジアン男系派の振る舞いは全てのケインジアンを貶める敵対行為だということです。
ちなみに利や情より理や義を重んじた朱子学者(水野忠邦)が後に行った天保の改革は天保の大飢饉との相乗効果で大不況を起こし、やがて大塩平八郎の乱を始めとする打ち壊しが頻発して幕府倒壊に至ります。ゆえに利を求める民の心情も、現在の皇族方が気に懸けておられる民の安寧の一部なのですから、利と義・理との平衡を取るのが肝要だと私は考えます。
文責:京都のS
5 件のコメント
京都のS
2024年11月5日
ねこ様、※ありがとうございます。劇中劇の方はあまり興味を引く内容ではありませんでしたが、この文学論争は面白かったので是非どうぞ。
馬琴も北斎も来年の大河「べらぼう」(大プロデューサー蔦谷重三郎の一代記)と関係の深い表現者たちです。平安中期に続いて江戸中期が盛り上がってきています。
ねこ派
2024年11月5日
京都のSさま
情報提供ありがとうございます。
映画「八犬伝」の原作者は山田風太郎ですね。大好きな作家です。
原作のタイトルも、「八犬伝」。
山田風太郎は、忍法帖ものが一番有名ですが、「戦中派不戦日記」とか「人間臨終図鑑」などの著書もある。
「戦中派不戦日記」は、確か、笹先生が、以前、DOJOブログで紹介、引用されていました。
「人間臨終図鑑」は、およそ千人ほどの過去現在の著名人の死に様を、人名事典風に書き綴ったもの。死生観を考えるためには、極めて良い本です。
「八犬伝」の原作のほうは、上下2巻の文庫本、家の本棚にあるのだけれど、中途で読むのが止まって、挫折しまま、年月が経って、そのままになっている。
原作は、のんびりした展開が続くので、私のうちでは興味が徐々に、薄れていってしまったのかもしれない。
文学論争は、原作にあって、それを、映画化しているのでしょうか(文学論争のくだりまで、私は、読み進めてはいなかったので。原作中に文学論争のくだりがあるとしたら、ですけれど)。
映画を先に見るか、それとも、改めて原作を読むか。
どうしよう。
京都のS
2024年11月4日
SSKA様、※ありがとうございます。「尊皇ぶりっこ」と「経済わかってるマウント」だけが暗山の主張ですが、価値の順列や時処位といった保守にとって本当に大事なことは何ひとつ押さえていませんね。
本論シリーズは、ケインジアン男系派ども(三橋貴明・中野剛志・藤井聡・施光恒・倉山満・高市早苗・麻生太郎…)のせいで、「真正尊皇派としての双系派は須らくネオリベ緊縮なるべし」という空気にまで至らないようケインジアン双系派という橋頭保を確保する試みです。
SSKA
2024年11月4日
この男はさも経済中心に語る事で国民を代弁する振りをしていますが、主張自体は政党間の利害や政局絡みの話を巧妙にすり替えているだけです。
皇統の男系双系の政党別の分布も結局は自民と立民(=元民主)の対立が基としてある中で男系支持は議席で優っていても国民世論に向けて不利な状況に置かれた自民に対し数で劣る政党が協力する事で恩を売りながら、そのおこぼれに預かって存続や保身を図る駆け引きの材料として単なる私利私欲の生き残り策がそこにあるだけです。
経済を題材として語るのも国民生活を中心に考えているのではなく、例の如く彼の得意とする自民とその不正を庇い合う政党を擁護する為の詭弁や目晦ましの類だと容易に看破出来る毎度のパターンですが、ここに来て自民の衰えを好機と見た玉木代表が早速媚びて政策協議を持ち掛けたのも同様の精神の腐敗を共有し合っている証拠と見なす事が出来、そこに「男系の絆=金と権力への底知れぬ執着」が深い意味を持つと個人的には考えています。
京都のS
2024年11月4日
掲載ありがとうございました。ケインジアン男系派のついでにネオリベ緊縮派も斬るシリーズの第6弾です。
第1弾~第3弾は以下です。
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する!1st season」( https://aiko-sama.com/archives/36871 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する!2nd season」( https://aiko-sama.com/archives/37083 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する!3rd season」( https://aiko-sama.com/archives/38400 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する!4th season」( https://aiko-sama.com/archives/42223 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する! 5th season」( https://aiko-sama.com/archives/43664 )
他にケインズ主義について書いた記事は以下です。
・「インペリアル・グローバリズムという悪夢2」( https://aiko-sama.com/archives/33381 )
・「時処位の変化と制度改革」( https://aiko-sama.com/archives/32084 )
・「歴史から自由になった日本人民は皇室を戴けるか?(下)」( https://aiko-sama.com/archives/22681 )
・「権力者・愛子天皇の治世を仮想してみれば…」( https://aiko-sama.com/archives/22571 )
・「齟齬が生じたなら万難を排して改めよ!」( https://aiko-sama.com/archives/34107 )
・「思想マトリックスに皇統問題を加味してみた(表)」( https://aiko-sama.com/archives/29761 )
・「博愛と競合の間(余)~圧倒的に節度が足りない!」( https://aiko-sama.com/archives/37381 )
・「合理と感情の間~良識なき言論人を葬送せよ!」( https://aiko-sama.com/archives/38156 )