「セカイ系」と呼ばれる分野があります。数人の若い男女の心模様が世界の命運と直結してしまう作劇で、「エヴァンゲリオン」(庵野秀明)や新海誠の作品群が代表とされ、その主人公は好きな女子と世界を秤に掛けた時には女子を選びがちです。例えば「天気の子」(新海誠)はヒロインを生贄にしないと関東一円に雨が降り続く設定でしたが、主人公は関東に住む人々の命よりヒロインとの未来を選びました。
「光る君へ」では、一条帝(塩野瑛久)は定子(高畑充希)が幸せだった場所、即ち藤原道隆(井浦新)・高階貴子(板谷由夏)・藤原伊周(三浦翔平)らが主催し、藤原行成(渡辺大知)・藤原公任(町田啓太)・藤原斉信(金田哲)・清少納言(ファッサマ)らが集まる定子サロンの再現を望んでいました。
しかし、徳を失った皇帝は滅びる運命(大陸:反乱軍による革命、列島:神罰としての天災)だからか、地震・疫病・火事・日蝕・嵐・大水…が続くと安倍晴明(ユースケ)は予言し、間もなく鴨川の氾濫による大水が都人を襲いました。つまり定子は楊貴妃ばりの「傾国の美女」で、一条帝=セカイ系の主人公だとすれば、帝は好いた女子(定子:私)と世界(都人:公)を秤に掛けて私を取ったわけです。
左大臣・藤原道長(柄本佑)は堤の改修を訴えてきましたが、サロン再構築に夢中な帝に無視されたため勅許も無いまま改修に踏み切り、間に合わず都人に死者も出たために大臣職の辞任を申し出ました。これは首を賭けた諫言ですが、道長がここまでやるのは「民のための政」を願った”まひろ”(紫式部:吉高由里子)との約束が動機です。
天災を鎮めるには定子第一の帝を正気に戻す必要があり、それには自身の娘(彰子:見上愛)を入内させなければならず、つまり道長もまたセカイ系の主人公であり、災害を止める生贄として娘を差し出せと要求された形です。一条帝は世界より好いた女子を取りましたが、道長は愛する娘より世界を取りました。
以後しばらく定子サロン(上記)と彰子サロン(彰子・紫式部・赤染衛門・和泉式部…)の並び立つ時代が続き、やがて紫式部の『源氏物語』が生贄(彰子)を生贄たらしめる(帝の渡りを導く)依り代となるはずです。しかし「この構造」(女子を道具とする事柄に自著が利用された)に紫式部が気付いたら、生き辛い女子を開放すべく戦うバリキャリ女子が最高権力者()に利用された形ですから、例え相手が「魂の恋人」であっても目的が公に適っていても許せないはずです。つまり、これは女性の尊厳(公1)VS民の安寧(公2)です。
今後も、この挑戦的な作品の行方を見守っていきます。
文責:京都のS
4 件のコメント
京都のS
2024年7月3日
れいにゃん様、※ありがとうございます。「兼家パパは、『家の為じゃ』と言いながら、結果、公の為に血を流す選択をしていた」ですか。それは有り得ますね。兼家の嫡子・道隆(井浦新)は、その上澄み部分(家の繁栄:私)だけを追求し、深層にある公(バランスを取りながら政を正しく導く)を疎かにしたため、娘に「皇子を産めぇ!」と迫るほどに墜ちました。その嫡子の伊周(三浦翔平)も同様でした。道長(柄本佑)は「民のための政」(公)を願う”まひろ”との約束を果たすべく自らの半身を闇に落とす(≒血を流す:娘を入内させる)覚悟を決めました。でも、それを実現するには「生贄」(=彰子)だけでなく『源氏物語』(紫式部著)という「依り代」と紫式部(彰子の家庭教師も務めた)という「巫女」が必要なのでしょう。女子の生き辛さ(文盲なために騙された”たね”、何もするなと言われて生きがいを無くしていた”さわ”、妾の立場に悩む藤原寧子=道綱母…)を最も問題視してきた”まひろ”が女子を道具とする企みに率先して加担しなければならないというのは何とも皮肉で悲劇的です。ここから紫式部も血を流すわけですよね。
れいにゃん
2024年7月3日
なるほど、セカイ系ですか!今回は大河ドラマ「光る君へ」の道長の描き方が、理想と現実の狭間で悩んだ末に闇落ちする恐れがあるのでは?と一部で言われていました。でも最新話「生贄の姫」を観て、その推測は有り得ない、と確信しました。兼家パパは、「家の為じゃ」と言いながら、結果、公の為に血を流す選択をしていた。道長もそれに気づいたのだと思います。
京都のS
2024年7月2日
ちなみに、「光る君へ」や『源氏物語』を題材にしたものは以下です。
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 1st season」( https://aiko-sama.com/archives/35405 )
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 2nd season」( https://aiko-sama.com/archives/37751 )
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 3rd season」( https://aiko-sama.com/archives/38829 )
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 4th season」( https://aiko-sama.com/archives/40097 )
・「男の嫉妬が英雄を冷遇するなら、トップは女子で良くないか?」( https://aiko-sama.com/archives/35425 )
・「男系固執の鬼どもを退治てくれよう」( https://aiko-sama.com/archives/39215 )
・「革命的皇位簒奪への対策を『源氏物語』から学ぶ」( https://aiko-sama.com/archives/36977 )
・「儒教的男尊女卑に利用されてきた血穢概念を葬れ!」( https://aiko-sama.com/archives/37641 )
・「尊皇心0な輩は永遠に呪われろ!」( https://aiko-sama.com/archives/38188 )
京都のS
2024年7月2日
掲載、ありがとうございます。
セカイ系の代表「天気の子」については、「『囚われた皇族を開放すべき』論と我々はどう向き合えばよいか?(上)」( https://aiko-sama.com/archives/8942 )、「(下)」( https://aiko-sama.com/archives/8769 )をご覧ください。