
大河「べらぼう」では、蔦重(横浜流星)が出版した渾身の女郎絵本『青楼美人・合姿鏡』が高すぎて売れず、駿河屋市右衛門(高橋克実)らから借りた100両も返す目途が立たちません。その頃、徳川家治(眞島秀和)の日光社参が行われ、これを田沼意次(渡辺謙)が商業活性化に結び付けたため日光街道は大いに賑わいました。見に行った大文字屋市兵衛(伊藤淳史)は吉原のイベント(俄祭り)に浄瑠璃・富本節の富本豊志太夫(午之介:寛一郎)を呼ぼうと言い、蔦重は大黒屋の女将りつ(安達祐実)と視察に行きました。しかし午之介は、役者の市川門之助(濱尾ノリタカ)と共に吉原へ行った時に叩き出された経験があるため協力を承諾しません。
ここで河原者(非常民)としての役者(芸能者)と四民(士農工商:常民)と吉原者(セックス産業従事者:忘八)の位置付けを確認する必要があります。もし皆が人気役者を目指せば真面目に働く者が居なくなるため、為政者は役者を被差別民と定め、常民から蔑まれる吉原者すら御上の方針に従って河原者を蔑んだわけです。つまり非公認の被差別民(吉原者)が公認の被差別民(河原者)を差別するというクソみたいな構図です。これは現代日本の芸能人差別や「夜の街」差別と地続きであり、また「皇族=権力者」と勘違いさせつつ「皇室=差別の根源」と思わせ、権力者に向かうべき不満や批判を皇族へ向けるというクソみたいな構図とも通底しています。
蔦重は女郎の有志を午之介と門之助に会わせ、吉原から出られず芝居を見ることも無いまま生涯を終えるかもしれない女郎のためにも来てほしいと懇願すると、女郎の涙に絆された2人は「断ったら男じゃない」と快諾しました。そこに浄瑠璃の元締めである当道座(盲人組織)の検校から、午之介に二代目豊前太夫襲名を認める旨の文が届きました。これには瀬川改め瀬以(小芝風花)の鳥山検校(市原隼人)への働き掛けも介在していました。鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)は富本節の直伝抄本を出したがっていましたが、午之介は蔦重の耕書堂から出すことを認めました。市中から締め出された蔦重に味方しないのは「男じゃない」ということです。
ジェンダー(文化的性差)に拘るのは時代遅れかもしれませんが、不利な側に立つのが男だという価値観(漢気)は残して良いと私は考えます。その価値観が非差別者も皇族方も守る場合があると考えるからです。
文責:京都のS
7 件のコメント
京都のS
2025年3月24日
申し訳ありません。「富本節の直伝抄本」は間違いで、「富本節の直伝正本」でした。
京都のS
2025年3月24日
そうそう、ジェンダーに関するものなら以下も読んでいただきたく思います。
・「今すぐ不幸な二択を止め、愛子天皇を戴くべし!」( https://aiko-sama.com/archives/52148 )
・「真剣さが見えない『天皇なきフェミニズム』に物申す!」( https://aiko-sama.com/archives/46448 )
京都のS
2025年3月24日
ジョージ様、※ありがとうございます。ホント嫌な渡世ですね。強くて優しい小林先生だからこそ『差別論スペシャル』では左右対立(差別反対は左派の看板だった)を超えて部落差別と対峙することができたわけです。また「ザ・部落ウルトラ開放フェスティバル」は河原者が身を立てる伝統とも合致していたと思われます。
枯れ尾花様、※ありがとうございます。「べらぼう」には漢気のある女性も登場しますね。吉原パトリオット重三の同志である花ノ井のことです。「7人の侍」は漢気が炸裂する物語ですが、救われた農民への批判も少し含んでいる気がします。野武士の危機が去ったら農民世間は侍を必要としなくなり、つまり「侍=世間様の外」という構図になったからです。
れいにゃん様、※ありがとうございます。男系派や男尊派の唱える「男の血は尊い」というカルトな原理主義は、漢気溢れる人々の「瘦せ我慢」とは対極にある「保身」の産物です。富本午之介も恋川春町も「権力の側に立って弱き者を踏みつけるなど男のすることではない」と言うに違いありません。まぁ、言われても羞恥心を覚えないのがカルトのカルトたる所以ですが。
れいにゃん
2025年3月23日
午之介の「それが漢ってもんだろう?」の台詞の「おとこ」には、やせ我慢の末の優しい響きがあります。
「男の血は尊い」という原理主義には掠りもしない、真逆の、血の通った人から紡ぎだされた言葉でした。
枯れ尾花
2025年3月23日
私もあしたのジョージさんと同じくぐっと来ましたね。
「不利な立場にある側に立つ」
映画「7人の侍」でも追い詰められた農民達の為、圧倒的に不利な状況で立ち向かった侍にこのような漢気( 男気 )を感じ感動したからこそ多くの観客があの作品を名作と認めた所が多分にあると思いましたよ。
私がべらぼうが面白いと感じるのはほぼ毎回漢気( 男性のみでなく女性 でも)や情に溢れた言動や行動が蔦重 始め登場人物から発っせられるからなのだなあと理解しています。
日本の国会議員も漢気を観せてくれよ~っ!
あしたのジョージ
2025年3月23日
この回も泣けました。🥹
宴会の余興を見て涙する女郎達に吉原で芝居を見せる決意をした役者達にぐっときました。
男気があるなぁと思いました。
自分達も一度吉原から締め出しをくったのにそれでも引き受けるなんて男気としか思えません。
差別的な目で見られている人達から更に差別されるなんて、実におかしな事だと思いました。
本当に強くて賢い人は、弱い立場の者に味方しようとすると思います。
御上先生でも、御上先生の兄がそうでした。
気の毒な最後でしたが。
SDGsとか叫ばれて差別は良くないと言ってる割には、皇室の人達や芸能人などに裏表からあれこれ難癖をつけるような輩がSNSなどで多くなってきたと思います。
嫌な渡世だなぁ〜〜(座頭市風に)
京都のS
2025年3月23日
掲載ありがとうございました。「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」や吉原の要素を含むブログは以下です。
・「『べらぼう』が始まった今だから言っておきたい平賀源内異聞」( https://aiko-sama.com/archives/48334 )
・「『光る君へ』と『べらぼう』を繋ぐレイラインと愛子天皇への道」( https://aiko-sama.com/archives/49128 )
・「『血のスペア』という非人道的システム」( https://aiko-sama.com/archives/49347 )
・「『○○売れ』とは『景気の気』」( https://aiko-sama.com/archives/50040 )
・「正しい改革も楽しませながら訴える時代だから」( https://aiko-sama.com/archives/50174 )
・「血統書付きのホシュを今すぐ終焉させよ!」( https://aiko-sama.com/archives/50602 )
・「皇室で飯食ってる奴が皇統断絶推進ってどういう了見だ!?」( https://aiko-sama.com/archives/50851 )
。「愛子様は127代目として即位していただくべきでありんせんか?」( https://aiko-sama.com/archives/51467 )
・「女性皇族を地獄に置き続けたがる人非人こそ地獄へ落ちよ!」( https://aiko-sama.com/archives/51677 )
・「大切なものはパトリオットにしか守れない!」( https://aiko-sama.com/archives/52091 )
・「『光る君へ』から皇族女子の生き辛さを思う 2nd season」( https://aiko-sama.com/archives/37751 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する! 15th season」( https://aiko-sama.com/archives/48744 )
・「ケインジアン双系派がケインジアン男系派を駆逐する! 17th season」( https://aiko-sama.com/archives/50633 )