愛子天皇は日ノ本の国民性に適う

Post's thumbnail

 息長帯姫は三韓征伐を前に気比で「海神を祀れとの神託を得ましたが、「海神」とは住吉三神であり、住吉神の仲介で天照大神御魂の意思を受けた姫は、穴門(下関)で安曇磯良(安曇氏の始祖:遠祖は宇都志日金拆)から満珠と干珠を授かり、神託を軽んじた仲哀帝を誅殺し、やがて出征した神功天皇大水で王都を洗い流し新羅王を降伏させました。この天変地異は天照大神荒御魂(≒瀬織津姫)+住吉神+満珠の協働によるでしょう。凱旋した船団が播磨沖で動かなくなると、神功帝は天照の荒魂を廣田(西宮)、和魂(稚日女尊)を生田(神戸)に祀らせたそうです。「女系女子も尊重~」で触れた丹生都比売大神=水銀の神)の別名・稚日女尊には「天照の妹と「天照の和魂があり、後者であれば荒魂と和魂が船団の攻と守丹は船の防水塗料)を担ったことになります。
 さて、気比神宮(福井県敦賀市)の祭神は伊奢沙別命など7柱ですが、その中の玉姫命息長帯姫の妹だとされます。「愛子天皇を~」で述べた通り息長帯姫の妹は與止日売(肥前で信仰された水神でもある)ですが、「玉姫命」の名は田縣神社(愛知県小牧市)の祭神(御歳神&玉姫命)にも見られ(※御歳は大歳≒饒速日の娘)、この玉姫(父は三韓征伐で功を立てる大荒田別:息長帯姫の異父妹?)は天火明命(饒速日)の12世孫である建稲種の后(子孫は尾張氏)です。ちなみに建稲種は日本武尊の后・宮簀媛の兄であり、タケルが東征後に亡くなると草薙剣を熱田の地で奉斎したとされ、以上より建稲種は神功帝と近い続柄の同時代人だと判ります。

 また本シリーズでは欠史八代を除いて「1.神武=10.崇神」と圧縮するため、他家も同様に圧縮しつつ『記紀』『先代旧事本紀』『海部氏系図』の齟齬を補正すれば以下のようになります。

1.天火明(饒速日)→2.天香語山(高倉下:大彦)→3.天村雲(建位起:武淳川別)→4.天御蔭(椎根津彦)→5.息長水依姫→6.息長宿禰(丹波道主)→7.息長帯姫(神功)
● 1.海神豊玉彦(建角身)→2.玉依姫→3.磐余彦(神武=崇神)→4.垂仁→5.景行→6.日本武尊→7.仲哀×
 同様に海部氏&尾張氏の直系「4.天忍人→…→13.建稲種」も圧縮すれば「7.玉姫」と「建稲種」との婚姻に支障は在りません。

 そして以上から判ることは日本神話の女神や女帝はダイナミックに躍動するという事実であり、やはり愛子天皇は日ノ本の国民性や伝統に適うということです。    

文責:京都のS

1 件のコメント

コメントはこちらから

全ての項目に入力が必須となります。メールアドレスはサイト上には表示されません。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。