儒仏が神道にブッ込んだ男尊女卑を浄穢せよ!

Post's thumbnail

 「縦軸と横軸~」にて伊弉冉尊葬送地を出雲の比婆山ではなく紀伊の花窟神社としました(※『日本書紀』第4段・一書5)が、御神体である岩窟は千曳岩と遜色ない規模であるため、ここを黄泉津比良坂と比定します。『書紀』第4段・一書6では、千曳岩を挟んで対峙した伊弉冉と伊弉諾が「お前の治める国の民を一日に千人縊り殺す」「では一日に千五百の産屋を立てよう」と応酬しましたが、一書10では、伊弉諾が「お前の死を悲しみ偲んだのは私が弱かったからだ」と言うと、伊弉冉は「私はお前と国を生んだが、これ以上何を望む?私は黄泉に留まる」と言伝しました。ここで菊理媛神も何事かを言い、その発言を伊弉諾が褒めたそうですが、発言内容の記述はありません。後段との繋がりから「禊を勧めた」との説が有力ですが、ここには記紀編纂時に浸透していた仏教由来の死穢(黒不浄)血穢(赤不浄)の概念の混入が感じられます。

 さて、菊理媛神は白山比咩神社(石川県白山市)の主祭神である白山比咩大神と同一視され、仲違いした2神を仲裁した伝承とククリの字から「縁を括る」あるいは「悪縁を切る」神徳も期待されますが、上記の通り菊理媛の発言内容は判らず(※「穢れたから清めろ」では余計に酷い)、また当社は山岳仏教と習合したために仏教の男尊女卑志向(五障:女子は高位の存在に到達できない)と相まって「死穢」「血穢」を清める方向に関心が向かいました。一方で白山比咩は白山を水源とする五穀豊穣の神徳も持ちますが、「白」が白不浄(出産に伴う血穢を忌避)を連想させるからか、白山の水には浄穢の力が期待され、祭神が女神であるにも拘らず白山は他の山岳聖地と同様に女人禁制となりました。

 しかし、仏教や儒教(「礼記」→「女大学」)男尊女卑の教義を持つとは言え、約10000年も母系社会(縄文期)が続き、子を産み為す女性の力を敬ってきた列島の民ゆえ、日本仏教史上初の出家者が女性(善信尼)であったり、国分寺と国分尼寺が並列して建てられたり、仏教を率先して導入したのが(推古)女帝だったりといった特異な現象が起こりました。やはり平安期(男帝に娘を嫁がせる摂関政治)や江戸期(武士を飼い慣らす朱子学が官学)、そして明治期(シナ儒教の残存+サリカ男系主義+徴兵制に伴う男子優遇)の政治状況が日本古来のエートス(女性尊重・双系主義)したのです。やはり愛子天皇誕生こそが浄穢の第一歩となり得ましょう。 

文責:京都のS

1 件のコメント

コメントはこちらから

全ての項目に入力が必須となります。メールアドレスはサイト上には表示されません。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。