「光る君へ」から皇族女子の生き辛さを思う 21st season

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 大河「光る君へ」では、最高権力者に上るまで藤原道長(柄本佑)を支え続けた藤原行成(渡辺大知)が、とうとう「左大臣様がおかしくおわします」と諫言しました。これまでの行成は、「一帝二后」(※一人の帝に二人の正妻を立てること:出家した定子には神道の儀式は出来ないから新たに中宮を立てるべき)の時も「敦成立太子」(※外祖父が重臣でない敦康より左大臣の孫を優先すべき)の時も、一条帝(塩野瑛久)を説得して道長を権力の頂へと押し上げ、そうして「行成あっての私である」と言わしめました。しかし、御簾を隔てた彰子(見上愛)との対面が不満だった敦康(片岡千之助)が御簾内へ侵入したことを以て道長は敦康を内裏出禁にし、これに行成は異を唱えたわけです。これは『源氏物語』の光る君が藤壺宮と密通を果たした件を恐れた道長の過剰反応でした。

 また『源氏物語』の作者・藤式部(まひろ:吉高由里子)にも「(敦成を優先した件は)道理に反する」と苦言を呈されましたが、これに対して道長は「お前との約束を果たすためだ」と言います。これは六条廃邸での逢瀬で「遠くの国へ駆け落ちしよう」と言った道長を”まひろ”が「貴方には民のための良き政を行う使命がある」と説得した件を踏まえています。

 一方、盗賊に襲われていた賢子(まひろと道長の娘:南沙良)を救って以来、為時邸に出入りしている武者・双寿丸(伊藤健太郎)は、集団戦の重要さ(※後に刀伊との戦に役立つ)を藤式部に説きました。ここから学んだ藤式部は彰子に「(権力者に立ち向かうには)仲間をつくるべき」と進言し、彰子は疎遠だった道長の息子たちを集めて「父を諫められるのは自分たちだけだ」と結束を固めました。しかし息子らは倫子(嫡妻)所生の子と明子(次妻)所生の子で立場も扱いも異なり、これは道長が三条帝(木村達成)との駆け引きを重視するゆえですが、源明子(瀧内公美)は自身の子らが不当に低く扱われたことを恨みに思っています。

 さて、リアルの衆院選(10.27)で自民党は大敗しましたが、これは国民からの諫言(裏金候補の公認・統一教会との絶縁が有耶無耶)と思うべきであり、ここからは野党が共闘すべき段階です。バラバラの方向(新自由主義・社会主義…)を向く各野党をまとめるには共通の目標が必要ですが、その旗印は国民の9割が望む「愛子天皇を戴く未来」しか有りますまい。    

文責:京都のS

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