「光る君へ」から皇族女子の生き辛さを思う 23rd season

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 「光る君へ」の11月3日放送回では、ついに藤原道長(柄本佑)から関白宣言が出ました。と言っても道長は一条帝(塩野瑛久)の御世でも三条帝(木村達成)の御世でも関白を固辞してきましたが、彼が左大臣&内覧に留まってきた理由は、関白になれば陣定(公卿会議)に出られない慣例があり、「民のための良き政」という”まひろ”(藤式部→紫式部:吉高由里子)との約束を果たせなくなるからです。道長を快く思わない三条帝は道長の関白固辞を取引に使い、道長が娘の研子(後ろ盾は万全:倉沢杏菜)を入内させる前から妻としていた娍子(後ろ盾が無い:朝倉あき)を研子と同格にし、娍子の弟・藤原通任(古舘佑太郎)を蔵人頭から参議に抜擢することも呑ませました。また空いた蔵人頭に顕信(道長と明子の次男:百瀬朔)を据えて道長の身内を切り崩そうとしましたが、これを道長は拒否しました。父に出世を阻まれる形となった顕信は衝動的に出家して比叡山に上ったため道長は源明子(瀧内公美)から大いに恨まれ、三条帝は研子の藤壺に渡らず、寂しい研子は宴三昧の日々を送り、やがて道長は諸々のストレスから大病を患いました。

 一方の藤式部は、一条帝と彰子(見上愛)を結び付ける役割を終えた『源氏物語』に光る君の死(41帖・雲隠)で以て決着を着け、皇太后・彰子の成長も見届け、役目は終わったと悟って里下がりしましたが、百舌彦(従者:本田力)から道長の危機を知らされると宇治の別邸へ駆けつけました。そこには生きる気力を無くした道長が居たため、藤式部は道長を宇治川の辺を歩こうと誘いました。道長は”まひろ”との約束を果たすために政の頂点へと駆け上がりましたが、約束が枷となって道長を追い詰めたと知った”まひろ”は「約束はお忘れください」と言いますが、「約束を忘れれば俺の命は終わる」と返し、「ならば私も一緒に参ります」と心中を示唆し、その流れで「お前は俺より先に死んではならぬ」と「関白宣言」(♪さだまさし)したわけです。「ならば生きてくださいませ…道長様が生きておられれば私も生きられます」という究極の告白を聞いた道長は嗚咽を漏らしました。当然この出来事は続編(宇治十帖)に活かされましょう。

 現在の皇族方は国民と「約束」したわけでもないのに誡太子書を座右に置いて自らに枷を嵌めておられます。であれば、全ての民と帝は本来まひろと道長のようなソウルメイト(魂で結ばれた思い人)であるべきだと私は考えます。    

文責:京都のS

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