「光る君へ」から皇族女子の生き辛さを思う 33rd season

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 「光る君へ」は終幕(12/15)しましたが、論点は残っています。摂政・藤原頼通(渡邊佳祐)は父・道長(柄本佑)の勧めに従い、左大臣・顕光(宮川一朗太)に辞職するよう迫り、大臣ポストが開くかもしれないと知った公卿らが色めき立ちました。最も露骨に反応したのが道長の異母兄・藤原道綱(上地雄輔)であり、道長に「大臣にしてくれ」「2・3ヶ月で辞めるから」と頼み込みました。道長は「25年も大納言なら大臣なぞ無理という証」と取り合わず、さらに「兄上にとって政とは?」という「情熱大陸」みたいな逆質問をかましました。すると道綱は「政とは地位だろ?…母上(藤原寧子:財前直見)が男は座る地位で育つって仰っていたゆえ」と返しました。現代日本でも「総理に成ったら何をやりたいか?」を考えず、「成ってから考える」とか「腹案(実現不可能な妄想)がある」とか言い、実際に成ったら何も出来ないということは枚挙に暇が有りません。石破茂現首相などは典型でしょう。

 「光る君へ」の劇中では「貴方にとって政とは?」に対する回答が何度も表明されました。道長の父・兼家(段田安則)は「(我が)家の繁栄だ」(私)と言い、道長は「民が幸せに暮らせる世だ」(公)と言い、安倍晴明(ユースケ)は「国家の命運の前では人一人の幸せなどどうでも良い」(公?)と言い、実資(秋山竜次)は「有事の際の心構えだ」(公)と言いました。そして道綱を始めとする多くの公卿(公任・斉信らF4や四納言とて例外ではない)にとってはステータス(私)でしかありませんでした。

 ところで、後一条帝の弟で東宮の敦良親王(後の後朱雀帝:立野空侑)に入内した嬉子(彰子の妹:瀧七海)は親仁親王(後の後冷泉帝:石塚陸翔)を産みましたが、藤氏長者の頼通に子が無かったため、以後の政局に不安を覚えた太皇太后・彰子(見上愛)は「(自家の繁栄のために)他家を外戚にしてはならぬ」という「兼家イズム」を発揮していました。男の思惑に翻弄されてきた彰子が何故こんなことを言わねばならないかと言えば、それは藤氏長者が権力を握るために男子しか帝に立てないという摂関政治のゆえであり、現代日本においても未だに1000年前から続く因習に毒されたままの輩が男系固執派です。

 藤式部(吉高由里子)や越後弁・賢子(親仁親王の乳母:南沙良)らのキャリア女子を描くドラマが人気を博したことは希望の一つでした。    

文責:京都のS

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