男本位制放棄の時勢に固執民は蜂起するのか?

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 「英雄たちの選択」(11/17)が地租改正を採り上げていました。江戸期の租税は幕府や諸藩が農民から米で取り立てる年貢でしたが、米価変動などによって税収が増減するため、明治政府は年貢制から金納制に変える改革を行いました(地租改正:1873)。地券を発行して土地の私有を認め、公定地価に応じた税率のカネを納めさせる制度です。しかし、冷害や病虫害による不作の時には減税措置、米の増収などによる米価下落の時には藩財政が実質的に減収と、かつてはコメ本位制の弊害を武士が引き受けてきました(「べらぼう」の田沼意次も苦慮)が、明治政府は負担を全て農民に押し付けたわけです。米が不作でも米価が下落しても実質的な増税となるため、耐えかねて蜂起した農民は松坂の三井銀行(納税窓口)を焼き討ちし、やがて一揆は三重県中に広がり、鎮圧のために軍が出動する事態となりました(伊勢暴動:1876)。

 「地租改正法」の冒頭には、公共福祉の観点から税の意義を説く「人民告諭書」が掲げられていましたが、これは一揆勢力に大義を与えかねず、また萩の乱(前原一誠:1876)や西南戦争(西郷隆盛:1877)などの士族反乱と一揆勢力との合流を恐れた大久保利通ら為政者は「告諭書」を伏せたまま、一時措置として税率を3%から2.5%に下げて対応しました。この辺りが実に日本的(法の起草者も暴動への対応者もメンツは潰れない)です。まるで「天皇の退位に関する皇室典範特例法」(2017)のようです(国民からの圧倒的な支持を得て退位が決まっても一代限りとしておけば男系固執派のメンツは潰れない)。

 さて、当時の政府が安定的な税収を確保したかった理由は、関税自主権が無い中でも多くの物品を列強国から輸入する必要が有ったからです。各国の通貨が金とペッグされた金本位制でもあった(※「C 12th season参照)ため、コメ本位制の放棄は当然でした。今また通貨の意義が変わりつつあります(※「C 14th season」参照)が、金本位制的な貨幣観に固執するネオリベ緊縮派は財政規律に固執し続けるでしょう。さりとて高市政権がケインズ政策を志向しても、人口減少が止まらないままでは生産も消費も伸びず、貯蓄者の安心のためにカネを配るだけになります。だったら!愛子様の立太子「景気の気」を称揚しつつ、男尊女卑の解除人口減少に歯止めを掛けるのが唯一の最適解であり、それは同時に安定的な皇位継承を確保する唯一解でもあります。    

文責:京都のS

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